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3つの判断基準で
THE KAITEKI COMPANYをめざす 小林 喜光(株式会社三菱ケミカルホールディングス代表取締役社長)

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付加価値の高いモノづくりへ
企業コラボレーションがカギ

宋 先ほど、日本企業の強みはモノづくりだと述べましたが、実はそのモノづくりの現場が弱体化しているといわれています。技術的にも、クオリティの面でも、かつての信頼性を失いつつあるようです。

小林 それについては私も憂慮しています。当社でもプラントがトラブルでストップすることが多くなっています。

日本は1960~1970年代、モノづくりにこだわり、場合によっては工場長のほうが本社のトップより発言力を持つこともありました。中央研究所をつくり、研究開発に投資を惜しまなかったのもこの時代です。しかし、それでなかなか結果が出せなくなると、マーケティングとセールスと販売チャネルだという時代が来て、モノづくりの現場が若干ないがしろになった。その結果、プロセスの安定操業さえできなくなり、クオリティも危ぶまれる状況が出てきてしまったのです。

宋 日本はモノづくりへ原点回帰すべきだという意見もあります。これからのグローバルな時代におけるモノづくりについて小林社長はどう見ていらっしゃいますか。

小林 差異化が必要だと思います。グローバル化が進展すると、皆同じことをやりだす。半導体、カーナビ、DVD、フラットパネルディスプレー……昔なら技術を開発した先行者が十数年はエンジョイできたものが、今は2~3年で海外に追いつかれてしまいます。開発に30年もかけて、儲かるようになるとあっという間に取られてしまう現状で勝ち残るには、どこかで差異化するか、アジリティを高めるしかありません。

そのカギとなるのが、コラボレーションです。化学会社は、素材や研究開発ノウハウ、販売チャネルは持っていますが、ICTなどの技術は自ら立ち上げるわけにはいきません。通信やIT、ソフトウェア事業者と、場合によってはコンサルタントを含めた形のコンソーシアム的なものをつくり、その上でサービスとモノや情報をつなげていくことで差異化を図っていくのが次の展開かなと。

宋 そのために御社が具体的に取り組んでいることを教えてください。

小林 資源がなく、製造コストが高い日本が、単純なモノづくりで中国などのアジア勢に勝てるわけがありません。日本国内ではエネルギー多消費型のコモディティ系のモノづくりはありえないと思っています。この5~10 年で、世界的にトップシェアやそれに次ぐもの、原料ベースでプロセス的に競争力のあるものだけ残し、当面はそれを食いぶちにする。それにプラスして、Sustainability(環境・新エネルギー)、Health(健康・医療)、Comfort(快適)という3つの判断基準を設け、これに合致する事業活動のみを行うと決めています。

Sustainabilityに該当するものとしては、付加価値の高い有機太陽電池、LED、Liイオン電池材料、炭素繊維など、Healthでは、医薬品、診断、ヘルスケアソリューションなど、Comfortには食品機能材、高機能フィルム、各種情報電子部材などが当てはまります。これらの3つの領域を、IT、ICTをベースにした情報とつなげ、新しい価値を生み出すことを考えています。

ちょうどドイツが国家的プロジェクトとして「インダストリー4.0(第4の産業革命)」を推し進めています。これは、購買から流通までをシステム化して、新しい最適化を図る取り組みですが、日本でも工業のデジタル化を進め、企業がグローバルなコラボレーションをしやすい環境を整え、大幅なコスト削減を実現していかなければなりません。わが社もまだその途上にあるといったところです。

「THE KAITEKI COMPANY」
人と社会と地球、すべてにとっての快適

宋 その3つの柱により実現しようとするのが、三菱ケミカルホールディングスが掲げる「KAITEKI」という経営理念なんですね。とてもインパクトのある言葉で、非常に印象的です。

小林 自動車会社は「4つの車輪に1 つのエンジンをつけた乗り物をつくる」というコンセプトが非常に明確です。ビール会社は「のどごしの良い、5%のアルコール水溶液を製造する」企業。いちいちやっていることを説明しなくても、誰でも事業内容がわかります。でも、化学会社は一応「ケミカルをベースにしたインダストリー」ということになりますが、はっきり言って何の会社かわかりません。扱っているものは、ミリグラム単位の薬から、トン単位のコークスまで何の脈絡もない。では、われわれは何のためにこの会社に集っているのか。どんな目的を持って事業を行っているのか。それを明確にする御旗を立てようと発表したのが「THEKAITEKI COMPANY」というスローガンです。私たち三菱ケミカルホールディングスがめざすのは、人と社会と地球、すべてにとっての快適=KAITEKIの実現、SustainabilityもHealthもComfortも、KAITEKI実現のための手段です。

宋 日本語の「快適」ではなく、アルファベットの「KAITEKI」であることに意味があるわけですね。

小林 そうです。グローバリゼーションのなかでは日本でしか通用しない「快適」では意味がない。だから、あえてアルファベットの「KAITEKI」としたのです。

宋 社員の反応はどうでしたか。

小林 Sustainability、Health、ComfortというKAITEKIの理念をいちばん理解してくれたのは、実は欧米の従業員たちでした。KAITEKIの理念を発表したのはもう6~7年前になりますが、発表した途端、欧米のグループ企業から大賛成だという大きな反響がありました。逆にいうと、日本の従業員の反応は鈍い。「また社長が何か変なこと言ってるぞ」とか「何が地球環境だ。うちの会社とどう関係があるんだ」とか、正直なところ初めはあまり評判は良くなかったですね。

宋 地球環境や社会のSustainabilityを事業にコミットして考える小林社長の改革の原点はどこにあるのですか。

小林 格好良くいうと、時代を見つめる目といえばいいでしょうか。いつも、時代はどの方向を向いているのだろうか、先々困らないために今どういう手を打っておくべきか、常に時間軸を念頭に置いて思考しています。日本は少子高齢化ですが、世界的に見るとまだまだ人口増加の勢いは衰えていません。気候変動も深刻で、それが原因といわれる天候不順が世界で多くの災害をもたらしている。たとえばこのようなグローバルアジェンダに、われわれはどう社会にコミットしていくべきか。そのなかで自らのインダストリーに何ができるのか、あるいはどう変わっていかなければならないのか、そう考えてきたのが原点でしょうね。

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