[特別対談]
すでにある正解を求めるのではなく、
ダイアローグから答えを導き出す
北川 智子(歴史学者)
× 日置 圭介(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)
北川 急に全部変える必要はないんですよ。あるものを20%取り入れることで意図しない良い結果が生まれたりするんです。だから1 つのソリューションに固執して、「これを実行するか否か」「ゼロか100か」とかいう議論じゃなくて、「この案の10%を使おう」とか、「プロジェクトが30%進んだらもう一度作戦会議をしよう」というフレキシビリティが大事です。日本人は本当にラディカル。極端な案を求めて、途中で「もうこれ駄目だから、次」となってしまう。どうしてそこに粘り強さがないのかなと思うんですよ。
日置 いろいろな理由があると思うのですが、企業経営という点では、リーダーの在任期間の問題があります。欧米のグローバルカンパニーのなかには、10年以上、1人の経営者が経営の舵取りをし、腰を据えて変化に挑むところがあります。一方、日本の大企業の経営者の多くは、4年から6年でローテーションのように代わっちゃうんです。だから長期的な目線を持って、継続して何かを成し遂げることが難しい。それ以前に、粘りが足りずに残念だなあと思うこともよくあります。だから私は企業の方にお話しするときに前置きするんです。「僕が今日ここに来てグローバルカンパニーの話をするのは、薬になるかもしれないけど、毒の可能性もあります。知った瞬間に無理だって言わないでください。知った瞬間に無理だっておっしゃるような雰囲気があるんだったら、話しません」と。そして最後に一言、こう付け加えるのです。「世界のトップ企業は、これからまだ変わっていきますよ」。
歴史もグローバル化も次世代を起点に考える
日置 あらためて、歴史という視点から日本企業あるいは日本人が未来に向けて持つべき姿勢とはどのようなものでしょうか。
北川 歴史を含め、すべての考え方にフレキシビリティを持ちましょうと言いたいです。歴史は、年表のようにすべてが直線上に並んでいるものではないんです。見たいもの次第で、見えるものが変わってくる。だからテーマを自分でまず決め、過去の成功や失敗をイメージして、試行錯誤する面白さ、素晴らしさを学んでほしい。粘り強く、長いスパンで物事の成り立ちを追っていく作業こそ、歴史からわれわれが学ぶ「生きる姿勢」だと思います。それから、すでに教科書に書いてある歴史を「共有」するのではなく、歴史を「共創」してほしいと思います。歴史は1つじゃない。「どっちがいい?」「どっちが優れている?」と考えるのでもなく、「皆でつくっていこうよ」という姿勢で臨んでほしい。ダイアローグを重ねながら新しいものをつくっていくことは、すべての仕事において大切ですから。
日置 あんまりこんなことを言うと、そのうち仕事がなくなるんじゃないかと思うのですが、「今のリーダーの人たちに言いたいことは何ですか」と聞かれたときに答えることの1つに、「次の世代のことを邪魔しないであげてください」ということがあります。なぜなら、どれだけ自分が育ってきた環境を1 人で振り返って答えを見つけられたとしても、これから進んでいく人たちが接するであろう環境とは違う世界なので。
北川 まずは、もう今の日本を「失われた20年」と言わないでおこうとか。
日置 そうです。
北川 歴史というのは、どこを起点にしてどこを終点にするかは、個人が決めればいいこと。同じように、今も「失われた20年」ではなく、今を起点にして次世代へつながる時代づくりをしようというポジティブな姿勢でいてほしいですね。歴史のなかにすでにある起点やルーツから自分の立ち位置を考えるのではなく、これからに向かって、見たいものやつくりたいものを自分で決め、その歴史的価値を見極めることが重要です。「歴史という時間を扱うスキル」を身につけていただくことで、ビジネス・経営にもぐんといいアイディアを持ち込めるのではないでしょうか。
(photo: Hideji Umetani)