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なぜ日本の経営者は
国連の開発目標に眼を向けるべきか 田瀬 和夫(デロイト トーマツ コンサルティング ディレクター)

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これからの15年

その「ミレニアム開発目標」が2015 年で「満期」を迎える。そして国際社会は現在、その次の15年(2015~2030年)に人類が達成すべき目標を国連の場で議論している。これが「ポスト2015開発目標」策定プロセスであり、まさに現在、国連加盟各国の政府、国際機関、NGO、そして世界のビジネスなど、すべてのステークホルダーを関与させる形で協議が進行している。

世界の新しい開発目標にはどのような要素が入ってくるのだろうか。これまでの14年間で世界は絶対的な貧困、不就学児童の数、マラリアと結核による死亡率を大幅に減らすことに成功し、安全な水へのアクセスも大いに改善している。こうした単純な数値に表れる目標の達成率に基づけば、世界は「よくできました」と言える良好な成績を収めている。

一方、深刻さを増している課題もある。気候変動と環境の変化は長きにわたる課題であるが、特にここ10年来地球規模で喫緊になっていることに、「防災」がある。2004年のインドネシア・スマトラ島沖地震と津波、2005年のハリケーン・カトリーナ、2011年の東日本大震災は言うに及ばず、昨年フィリピンのレイテ島を襲ったハリケーンも多数の犠牲者を出した。そして最近の自然災害の多くは地球の気候変動に由来し、人間がそうした変化をいかに緩和し、また適応できるかがカギとなる。

防災については2015年に仙台で国連の大きな会議が開催され、2005年に定められた「兵庫枠組み」を新しく「仙台枠組み」とすることが決まっている。日本ほど自然災害に苦しめられ、創意工夫して、人々の命を守ってきた国はほかにない。国連システムのなかでも防災は最優先事項の1 つであり、日本は常に主導的な役割を果たしてきた。つまり「日本の基準を世界の基準に」できる可能性がある分野なのであり、日本はこのことにもっと注目すべきだ。

さらに根本的な課題が「格差」や「人権」である。従前言われてきたように「パイが大きくなれば分け前も大きくなるから皆幸せになれる」かというと、そうでもないことがいよいよ明らかになってきた。というのは、特に経済成長が著しい国々において、持つ者と持たざる者、また男性と女性の格差は、縮まるどころかますます開いていく傾向にあるのだ。そのため、人権の保護にもいっそうの努力が必要になり、企業は自社がサプライチェーンにおいて人権を侵害していないかをチェックする「人権デューデリジェンス」等も検討しなければならない。このように、格差や人権は次の15年間で最も解決が難しい、しかし重要な経済問題であるとともに、「幸せ」のあり方そのものへの問いでもある。

人の心を測る努力から「安心」へ

その「幸せ」のあり方に、世界が挑もうとしていることがある。それは、これまで「測りにくかった」が、人生において決定的に大切な要素を「測ろうとする」ということである。長年、国連を内側から見てきた私は、この動きが世界のルール形成に大きな影響を与える可能性を秘めると考えている。

人にとってかけがえのない価値を持つものは、これまでの開発目標的な考え方では「食糧」「健康」「教育」だった。しかし、よく考えていただきたい。あなたにとってかけがえのないものとは、もっと心に関係する「子どもの成長」「仕事のやりがい」「音楽」、あるいは「日本人としての誇り」などではないか。

OECDが2013年に発表した「OECD Guidelines on Measuring Subjective Well-being(主観的幸福を計測するためのガイドライン)」では、「主観的幸福」の定義の試みに始まり、それを数学的、統計的にどのように測ろうとすれば人々の感覚と最も乖離しない結果が出せるかという試論が述べられている。国連開発計画(UNDP)が毎年発表している「人間開発指数(Human Development Index)」も、人々の暮らしぶりに100点満点で点数をつけるという大胆な指標で「人にとって大切なもの」に正面から取り組もうとしている。

日本が国連で提唱する政策概念である「人間の安全保障」も、私の観点からはこれと軌を一にする。人間の安全保障は、一人ひとりの人間の視点から、その可能性を最大限に実現するために、制度や法律、最終的には国際規範まで見直してしまおうという、日本にしてはきわめて革新的なアイディアだ。そしてそのコアにあるのは、どうしたら世界中の一人ひとりが物理的な安全を超えて「心の安寧」を得られるかという、これまで国際社会が数量目標としてこなかった新しい軸だと言える。

「安心」を実現する世界と経営戦略

こうした国際社会の新しい動きは、「安心」こそが現在のグローバル社会のなかで人々が求める最も大きなニーズの1つであることを示している。

日本は安心な国になるべく邁進してきた。その結果、物理的な富に恵まれ、平均寿命も世界一長く、地震などの災害から人命を守る取り組みは世界トップレベルである。しかし、人々の間の絆は薄れ、老後の不安を抱え、生き甲斐と目標を失った社会になりつつある。対照的に、たとえば現在のカンボジアは、内戦が真の意味で終結し、経済が高度成長を始め、さながら日本の昭和30年代のような熱狂のなかにあるものの、まだまだ人々は貧しく、政府は汚職にまみれている。どちらが「安心」な社会かはなかなか測り難いが、世界は「安心」への途上にあり、日本もその一員なのである。

このような「安心」へのニーズの高まりは、どのように日本企業の経営に影響を与えうるのか。防災のように世界をリードする領域では「日本の基準を世界の基準に」することで、また、いまだ真には届いていない心の安寧を世界とともにつくりだすことで、企業の経済活動は大いに人々に寄与できるはずだと思う。

その前提として、国連が国の枠を超えて脈々と編む規範がある。今日ニューヨークやジュネーブで議論されているルールが、5年以内には国際合意となり、10年以内には各国によって批准され、15年以内には確実に国内の現場を縛る。国際的な経済資源もそうしたルールに沿って大きく流れ、わずか10年、15年後には確実に企業の経営を縛る緊箍児(きんこじ:孫悟空の頭の輪)になるのだ。だからこそ今、経営者は国際社会での開発の議論に眼を向け、そのような観点からグローバル経営戦略を紡いでいくことが、ポスト2015の時代、2030年に世界でリードを取れる会社の条件となろう。

(photo: Hideji Umetani)

 

 

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