未来に向けて「しなやかな組織」を築く
組織の創造性を高める4つのキーワード
近藤 泰彦(デロイト トーマツ コンサルティング マネジャー)
× 後藤 将史(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)
〈キーワード2〉 仕事経験を「混ぜる」
メンバーを組み替えたり、新たな組織をつくったりする際には「混ぜる」ことを意識する必要がある。互いに異なる多様な考え方を「混ぜる」ことが、これまでにない化学反応を引き起こし、新しいアイディアの創造につながるからだ。
たとえば、キリングループでは、従来、男性が中心となって商品企画提案を進めていたが、現在では新規市場を創造するため、女性や外国人なども含めたさまざまな視点からの企画提案を推進している。その成果として、「病気や妊娠中・授乳中の女性はアルコール飲料を飲むことができない」といった声をもとに、女性が企画の当初から関与し、大ヒット商品の1 つであるノンアルコール飲料の「キリンフリー」などが生み出された。ⅴ) また、ある外科医のチームは、手術における手順の効率化を検討するため、F1レースのチームと協力している。そのピット作業を参考にすることで、プロセスにイノベーションを起こし、手術時間を大幅に短縮した。今までにない発想を生むためには、一見関連がない、専門分野がまったく違うものと混ざり合うことが最短ルートであることも多い。
しかし、メンバーを「混ぜる」ことに取り組む際は、多様性(ダイバーシティ)の捉え方に注意する必要がある。多くの場合、集まる人材が多様であればあるほど望ましいと考えられがちだが、現実はそれほど単純ではないからである。厳密に言えば、多様性には2 つの種類がある。1つには、その組織のメンバーが仕事や作業に関する経験について、どれだけ多様なバックグラウンドを持つかという、「タスク型の人材多様性(Task Diversity)」がある。具体的には、学歴や職歴、これまで経験してきた職場での作業の進め方などが関係する。もう1つには、性別、国籍、年齢などの「デモグラフィー型の人材多様性(Demographic Diversity)」がある。
多様なメンバーを混ぜる際、タスク型の人材多様性が高まると、タスクに対するアイディアの幅が広がり、生産性を高める効果がある。しかし、デモグラフィー型の人材多様性だけが高まると、むしろ属性の違いが派閥や軋轢を生み、組織のパフォーマンスは低下することさえある。ⅵ) したがって、「混ぜる」場合には、何でも混ぜれば効果があるわけではないことに注意が必要であり、仕事に関する見方を多様にさせることがポイントになる。
〈キーワード3〉 組織を挙げて「楽しむ」
タスクやプロジェクトを進める際に「楽しむ」ことを意識するのも「、しなやかな組織」には欠かせない。
誰でも経験があるように、楽しいと思える仕事には没頭できるし、思いも寄らないアイディアが浮かぶこともある。そして、「楽しさ」を共有することは、国籍や職歴の多様なメンバーの結束を促すとともに、モチベーションを高め、頭をリフレッシュする。また、楽しむことで、子どものように熱中する集中力も生まれる。
しかし、組織的に楽しむことは、簡単なようで実は難しい。やり方が適切でないと、半ば義務的に「楽しんでいる振り」をさせられるだけで、効果がないからだ。そればかりか、不自然な取り組みは逆にメンバーのモチベーションを下げることさえある。重要なことは、実現すべき目標や成果を明確に提示することと、「真剣勝負」のなかで、個々人が楽しめる環境を組織的に整えられるかどうかである。
これを実践し、高い成果を挙げているケースとして、有名なリクルートの「New RING(New-Recruit innovationGroup)」が挙げられる。この活動の起源は1980 年頃にさかのぼり、希望者がチームで新規事業を役員会に提案するコンテストとして続いている。真剣にアイディアを練り、ゲームのように勝ち負けを競うイベントとして盛り上がる「楽しさ」があり、名誉や達成感とともに、報奨や事業化に向けたチャンスが大きな魅力となっている。これまで「ゼクシィ」「ホットペッパー」など、さまざまな新規事業を生むとともに、起業家精神や事業変革への前向きな風土を培うことに貢献している。ⅶ)
また、「楽しさ」の1つの形として、ありふれた日常の空間からメンバーを解き放つことも考えられる。非日常的な環境に身を任せ、ビジネスにおける常識の枠を超えた新鮮な空気を吸うことで、メンバーが普段使わない五感を働かせる状況を生み出すのである。
たとえばベンチャー企業であるカヤックは、1年に2~ 3カ月の期間限定で、国内外の働いてみたい場所に臨時オフィスを設ける「旅する支社」というユニークな取り組みを行っている。この取り組みは、一見すると、単なる旅行で終わってしまい、コストだけがかかるようにも見える。しかしながら、物理的な環境を変えることは、メンバーのモチベーションを飛躍的に高め、新しい発想を起こすために大きなインパクトをもたらすという。ⅷ)
〈キーワード4〉 徹底的に「任せる」
最後のキーワードは、「任せる」である。「任せる」ことは、今後ますます重要性が高まる。スピードと学習の必要性がこれまでにないほど高まっており、それを可能にするのが、現場が自ら判断し動ける組織環境だからである。このキーワードは、現場に大きな権限を与えてソフトパワーを引き出す、という意味で、ハード面の強化とソフトパワーの活性化の結節点とも言える位置づけにある。
この「任せる」を実践しているケースとして、たとえば、新興市場で力をつけ海外まで打って出る新興国企業を見ると、その行動には共通の特徴がある。まず、投資判断の最初の段階で許容する失敗の確率が、多くの日本の大企業より高い。仮説を立て、とりあえずやってみる。そして、駄目だったらやめてしまう。不確実で複雑な環境では、任せて実験を繰り返す能力が、正解に近づく早道になる。時間をかけて調査・準備をして、内輪の論理が複雑に絡み合った事業計画を入念に立案しても、先行者の後塵を拝することが多い。
そして、「任せ方」も異なり、徹底して現地に任せてしまう。それも、進出先のスタッフに加え現地の起業家なども巻き込んで、彼らが知識を活かして実験に打ち込める環境を整え、本社側は後方支援に徹するのである。
このような取り組みはグローバル企業でも見られる。GEが活用するローカル・グロース・チーム(LGT)という仕組みでは、新興国ならではのニーズからイノベーションを起こし、新たなビジネスを世界に展開することをめざす。このチームには大きな裁量が与えられるとともに、チームメンバーの大部分を現地に精通した現地メンバーで構成する。さらに、チームは社長直轄という位置づけで、本社側が既存の事業ラインとの軋轢を避けるための調整を行い、経営資源の確保に向けて後方支援を行っている。同時に、ただ放任するのではなく、結果は厳しく管理する。そこでカギとなる指標は売り上げや利益だけではない。どのような仮説を試し、何が次に活かせる知識なのか、試行錯誤と学習の進み具合が重要なKPIとなる。ⅸ)