未来に向けて「しなやかな組織」を築く
組織の創造性を高める4つのキーワード 近藤 泰彦(デロイト トーマツ コンサルティング マネジャー)
× 後藤 将史(デロイト トーマツ コンサルティング パートナー)

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これらを踏まえると、競争優位の源泉は予測が難しい変化を自らの事業に取り込む力、すなわち創造性やイノベーションによりいっそうシフトしていく。そして、それを育むためには、組織メンバーの個性やアイディア、多様な専門性や経験、その相互作用を活かすことがこれまで以上に必要になる。つまり、「ソフトパワーの活性化」こそが変化する環境で競争に生き残り、勝ち続けるために必須のものとなるのである。

もちろん、だからといってハードな部分の改革の重要性がなくなるわけではない。しかし、メンバーが「本気」になって生き生きと働き、イノベーションを起こし続けるような「活力のある組織」を築けるかどうかが、組織の生き残りと希望ある未来へのカギになることは間違いない。

「しなやかな組織」がソフトパワーを活性化する

では、どうすればソフトパワーを活性化するような組織ができるか。その答えは、「柔軟さ」と「軸」をあわせ持った組織を築くこと、すなわち「しなやかな組織」を築くことにある。

前述のとおり、ソフトパワーの活性化とは、チームやメンバーの個性やアイディアを活かし、モチベーションを高めてその創造性を発揮する土壌づくりを進めていくことである。しかし、硬直化した組織では、その実現は難しい。仕事場や勤務スタイル、自社・既存事業・既存部署といった、目の前にある枠組みにとらわれず、「柔軟に」形を変えていくことが必要となる。一方、柔軟なだけではただの「ユルい組織」をつくることにもなりかねない。そこで、明確な目的、譲ってはならない信念や価値観など、しっかりとした「軸」を持つことが欠かせない。変わらない軸を持ち、柔軟に組織をかき混ぜてリソースを躍動させる。「しなやかな組織」を築くことこそがソフトパワーを活性化することにつながる。

4つのキーワードを実践して「しなやかな組織」を築く

では、どのようなことを実践すれば、「しなやかな組織」となれるのか。ここでは、その手掛かりとして、「4 つのキーワード」を紹介したい。これらのキーワードは、内外企業の事例や関連する学術研究から、現実に広がりつつある取り組みを集めて整理したものである。

そして、キーワードを整理するにあたっては、今ある人材やそのつながりを最大限に活用することを前提としている。なぜなら、多くの日本企業では、外資系企業のように、高い報酬を前提に「天才」とも言えるメンバーを揃えたり、従業員を機動的に採用・解雇することがなじまないからである。簡単にメンバーをリセットできない制約のなかで、ソフトパワーをどう高めるか工夫をせざるをえないのが、日本企業にとっての本当のチャレンジである。

〈キーワード1〉 枠にはめずに「組み替える」

1つ目のキーワードは、組織やポジションという枠にはめずに自社のなかでメンバーを「組み替える」ことである。もちろん、日本企業でも人材育成の観点からであれば、ローテーションは行っている。しかし、組織を硬直化させずに常に新しいアイディアを取り込み、組織に期待と緊張感を与えることを明確に意図してメンバーを組み替えている企業は少ない。

メンバーの組み替えは、プロジェクトチームやトップマネジメントのみならず、組織全体の構成にも当てはまる。頻繁に、誰にでもわかる透明なルールのなかでより多くの可能性を試すことが、組織の活力を高めることに貢献するのだ。

たとえば、ある製薬会社の研究開発部門は、メンバーを組織でなく開発プロジェクトに所属させ、必要に応じ機動的にプロジェクトを組み替えている。テーマごとに研究の目的とマイルストン、メンバーの要件を定め、コスト管理もチーム単位で責任を持ち、その時々での最適な多国籍チーム構成を図る。そして、その裏返しとして、各マイルストンで設定されたゴールを達成することができず、その先の研究成果の見込みが薄ければ、早々にチームを解散する。解散されたチームのメンバーは、新たな研究プロジェクトへと再配置される。伝統的な学術・疾病領域ごとの縦割り組織とは大きく異なり、目的とマイルストンという軸を定め、高い成果を求めて柔軟に組織を組み替えているのである。

近藤 泰彦(こんどう・やすひこ)
グローバル本社の構想策定、ファイナンス組織のビジョン策定・組織変革、グローバル・トレジャリー・マネジメントやシェアード・サービス・センターの組織設計・実行支援など、組織・業務改革を主に手掛ける。昨今は、中長期的な経営環境の分析などを踏まえ、日本企業に対する提言活動も行っている。早稲田大学大学院会計研究科非常勤講師。グローバル マネジメント インスティテュート(GMI)マネジャー。

同様のケースはほかの業界でも見られる。電子機器部品を取り扱うミスミグループでも、チーム制を導入しており、部課や部門にとらわれずにタスクベースでリーダーが自ら立候補し、チームを編成する仕組みを取り入れている。ⅰ) 米国のGoogleでもチーム型組織編成を重視し、技術者は固定された上司の指示ではなく、自らの希望によりプロジェクトに参加するという行動様式が根付いている。ⅱ)

プロジェクトチーム制はもちろん長所ばかりではない。チーム発足当初は新しいメンバーとの考え方やコミュニケーションの取り方の違いに困惑することも少なくない。しかし、めざすべき具体的な成果を特定し、プロジェクトの目標を共有できれば、新たなメンバーと協働することで、自身や固定的なメンバーでは発想できないアイディアやソリューションが生み出される。

また、メガベンチャーの1つであるサイバーエージェントでは、役員を定期的に組み替える制度を導入している。これは「CA8」と呼ばれる制度で、2年ごとに8人の役員のうち原則2名を組み替える。さらに、従業員が3000人を超えた頃から、「CA18」という制度のもと、選抜された10名を役員会に加え、新たに加わった10人の枠は原則3名を1年に一度組み替えているという。ⅲ) 創業者という絶対的な軸を持つ一方、厳しい条件設定のもとで役員の席を空け、新しいメンバーを登用することで、組織の活性化や社員のモチベーション向上を図っている。

ほかにも、組織全体で人材の新陳代謝を促すケースもある。リクルートでは、数年ごとに割増退職金を払う制度を準備している。ⅳ) 意識的に従業員構成を組み替えるとともに、期間を決めて自身のキャリアの目標を設定させ、高いパフォーマンスを発揮させるように環境を整えているのである。

なお、この「組み替える」という方向性は、リソースにある程度の余裕がないと、効果的な組み替えができず効果を出すことが難しい。人員が多い大組織で、組織ごとのタコツボ化が進み有為な人材や尖ったアイディアがそのなかで埋もれてしまいがちな場合に、適した手法である。