中絶を望む妊婦を説得し、産ませた子どもの出生証明書に虚偽の記載をし、新聞広告で募った育ての親にあっせんする――。
1973年、宮城県石巻市の産婦人科医・菊田昇氏が新聞取材で公表したこの行為は法律に反するものでしたが、子どもの命を救う善行として賞賛され、大きな議論を呼びました。
大人になってから事実を知り…
この行為はのちに特別養子縁組制度の創設にもつながり、今では多くの人に認められていますが、養子としてあっせんされた220人にものぼる子どもたちの多くはその事実を知らず、なかには大人になってから事実を知り、複雑な思いを抱える人もいます。
(あっせんされた)子どもの側の意見も聞いてほしい――。
そう声を上げたのは、石巻市に住む佐藤晃子さん(40代)です。前編では、晃子さんが自身を菊田医師の産院で産まれた養子であることを知るまでの経緯や、出自がわからないことの苦悩、心身に生じた不調などについて、話を聞きました。
後編では、晃子さんがテレビ取材を受けた理由や、彼女と同様にあっせんされたほかの養子から聞いた話、菊田氏や特別養子縁組制度への思いなどを語ってもらいます(前編はこちら:"父親そっくり"と言われた私が、養子? 産科医が出生証明書を偽造「赤ちゃんあっせん事件」当事者女性の今も消えない疑問)。


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