「『私、橋の下で拾われたんだよね』みたいな冗談を、よく言ってました」
そう話すのは、今から半世紀ほど前に「赤ちゃんあっせん事件」で養子となった当事者の1人、佐藤晃子さん(40代)です。
「特別養子縁組」という制度を聞いたことはあるでしょうか。「普通養子縁組」と違って、特別養子縁組では実の親子関係が消滅します。戸籍の続柄は「長女」「次男」などと書かれ、「養子」とは記載されません(ただし、身分事項欄に「民法817条の2による裁判確定」という記録は残ります)。
「赤ちゃんあっせん事件」とは?
この特別養子縁組制度がつくられるきっかけを提供したのが、宮城県石巻市の産婦人科医、故・菊田昇氏です。菊田氏は1960~1970年代、中絶を望んで同院を訪れた妊婦らを説得して出産を支援。新聞広告で子どもを育てたいという親を募り、生まれた子どもをあっせんしました。
世に言う「赤ちゃんあっせん事件」です。
当時は特別養子縁組制度がなかったため、菊田氏は育ての親がその子を戸籍上の実子にできるよう、役所に提出する出生証明書の親の欄に義父母の名を記載しました。
この行為が新聞で大々的に報道されると、お腹の子をあっせんしてもらうために同院を訪れる妊婦も出てきたといいます。菊田医院であっせんされた子どもの数は、約220人にものぼります。
人の命を救う尊い行為ではあるけれど、出生証明書の偽造は法律に反している――。当時、菊田氏の行為は賛否の議論を呼びました。それでも、1987年に特別養子縁組の法律ができてからは、世間はもっぱら菊田氏を賞賛するようになっていたのですが……。
今から4年ほど前、「(あっせんされた)子どもの側の意見も聞いてほしい」と声を上げる人が現れました。冒頭に登場した晃子さんです。どんな経緯で事実を知ったのでしょうか。


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