家には昔から、産院で撮影された晃子さんの写真がありました。寝ている赤ちゃんの脇に記された日付は、母子手帳に書かれたそれと一致。彼女の誕生日です。
父親は、1~2歳の頃の写真にはよく写っていますが、その後は登場頻度が減っていきます。会社を経営していた父親はいつも仕事で帰りが遅く、朝早く出社するのが常でした。家にはあまりいなかったと彼女は記憶しています。
両親の仲は円満とは言いがたく、母親はそのストレスからか、晃子さんをたたいたり、部屋に閉じ込めたり、つらくあたることも多かったといいます。未熟児で生まれた晃子さんは体が弱く、嘔吐症(自家中毒)を患っていたこともあり、ずっと家でひとり遊びをしていました。
血液型のことで父が激怒
血液型のことを父親に尋ねたのは、小学校低学年の頃です。
何かのきっかけで自分の血液型を知った晃子さんは、父と母は同じ型なのに自分だけ異なることを子どもながら不思議に思い、「なんで違うの?」と尋ねました。
返事は覚えていませんが、のちに親戚から聞いたところ、父親はこの頃、自分たちが養子を迎えたことを知っていた祖父宅を訪れて、「誰がしゃべったんだ!」と怒っていたそうです。「父親は(養子であることを私に)隠したかったんでしょうね」と晃子さんは振り返ります。


※ログイン後、コメント入力が可能です。