小学校におけるICT教育の3つのポイント
まずは小学校でのICT教育について、カギとなる3つのポイントを通して見ていきます。
①ICT教育ではなく「学校教育のデジタル化」
ICT教育の真のゴールは「学校教育そのものをデジタル化する」ことです。
世間では「1人1台の機器配布」や「プログラミング教育」といったトピックが目立つものの、本来の目的は機器やアプリケーション(ソフト)の使い方を学ぶことではありません。学校教育にデジタルを取り入れた結果として、機器やソフトの使い方や、リテラシーなどが習得できている、という考え方に立つことが重要です。
また、ここでいう「デジタル化」は、授業だけでなく学校生活全体を含んでいます。
例えば、欠席連絡がその1つです。今でも電話連絡や連絡帳などが主流ですが、スマートフォンの普及率を考えると、出欠管理ができるアプリケーションを使ったほうが、教員・保護者とも利便性が上がります。効率という面では、こうしたことの積み重ねが現在議論になっている教員の働き方改革にもつながるでしょう。
児童も同じように、時間割や習い事といったスケジュール管理をICT化することで、連絡事項や配布物、宿題の管理などもすべてがデジタルで完結します。このように、授業以外も含めた学校生活がデジタル化することで、自然にICT機器やソフトの利用に習熟することにつながります。
授業ではこうしたツールの使い方ではなく、ツールを使って各教科の学習を深めることに焦点を当てることができるようになります。これがICT教育で本来目指すべき姿です。
②教具ではなく「文具としてのICT機器」
こうしたICT教育の考え方について、教育現場では「教具」と「文具」になぞらえて議論されています。
ICT機器を教具と捉える場合、あくまでもパソコンやタブレットは「授業中のみ使うもの」という扱いになります。これは児童が授業以外で機器を使うことによる紛失・破損、あるいはインターネットを介したトラブルを避ける、という点では合理的かもしれません。
これに対してICT機器を文具として捉える考え方は「文具論」とも呼ばれ、鉛筆などのように日常生活のあらゆる場面で、クラウドやタブレットなどを使うことがICT教育の一環だという視点に立っています。
先に述べたように、ICT教育のゴールは学校教育のデジタル化です。生活の中でICT機器やクラウドなどを活用する場がなければ、本来の意味でのゴールは達成しづらくなるでしょう。
また現時点では小学生でも、15年後ほどすればビジネスの場で活躍する時期が訪れます。児童の将来も視野に入れたICT教育であれば、教具ではなく文具としてのICT機器利用が望ましいといえます。
③ICT教育による「アクティブラーニングの実現」
ICT教育以外の側面でも、学校教育はこれまでの知識伝達型スタイルから脱却する過渡期にあります。
知識伝達型の学習・教育方法は「暗記型」ともいわれ、例えば掛け算九九の浸透など、秀でた成果も上げています。その一方で昨今は、暗記した公式や原理などを応用する力を身に付けられていないという課題があります。実際に学力調査でも、暗記型の知識を問う問題の正答率と、応用的な問題の正答率のギャップが浮き彫りになっています。
こうした背景を踏まえて提唱されているのがアクティブラーニングです。
アクティブラーニングの根幹である「課題の発見・解決に向けた主体的・協働的な学び」の実現に必要なのは、それぞれの児童が学んだこと・考えたことのアウトプットです。その手段として、たとえばスライド作成や動画撮影・編集、それらのデータをクラウドで共有するなど、ICTが役立ちます。
加えて、よいアウトプットのためにはインプットが必要です。授業や教科書、あるいは図書館でのインプットに加え、幅広い知識を得るにはインターネットも情報源として不可欠です。情報の取捨選択ができる力を養うことも含めて、インターネットを活用したインプットは現代では必須といっても過言ではないでしょう。
こうしたことを不自由なく行うには、最低でも1人1台のデバイスと満足な通信環境が必要です。これが文部科学省によるGIGAスクール構想につながっています。
国内の事例
国内を見渡すと、学校単位ではうまくICT教育を取り入れられているケースが各地で生まれています。しかし、自治体の単位での成功事例はまだ少ないのが現実です。
それを踏まえ、ここではICT教育で成果を上げている自治体をいくつか紹介します。
熊本県熊本市
平井氏によれば、熊本市は全体的な設計がうまくいっている自治体の一例だといいます。
同市におけるICT利用の基本的な方針は、「自由に使えるようにすること」「制限は加えないこと」です。ただしこれは、一部の自治体で見られるような、各校・校長の判断に一任するといった放任ではなく、市の方針として「制限を加えないこと」を明確にしていることがポイントです。
設備面では、児童全員に独立してインターネット接続が可能なセルラーモデルのタブレットを配布しています。これにより、インターネット回線を引いていないなど、家庭環境の違いによってICT利用の格差を避けることができました。
各教科での活用としては、AIが出題するドリルなどを採用し、個々の学習進捗に沿った学びの定着に貢献しています。
また、授業ではさまざまなソフトを活用し、主体的な学びを実現するツールとしてICT機器が位置づけられています。
茨城県大子町(だいごまち)
大子町は、GIGAスクール構想よりも早い2018年から町内の全小中学校にタブレット端末を配布し、ICT教育を進めていることで知られています。
同町ではGoogleが提供する教育機関向けのソフト群「Google Workspace for Education」(GWE)を導入し、各校が積極的にICTを活用した授業を展開。授業以外の日常的な学校生活でのデジタル化も含めて、全国でもモデルケース的なICT教育が行われています。
現在のICT教育における課題
小学校に限ったことではありませんが、ICT教育の過渡期にある現在では、もちろん課題や懸念もあります。これからICT教育がより発展し、本来の目的を果たすために解決すべき課題を紹介します。
禁止思考との決別と、デジタルシチズンシップの醸成
ICT教育での禁止思考とは、「クラウド禁止」「持ち帰り禁止」など、児童のICT利活用を制限する方針のことを指します。この背景には機器の破損・紛失、教員が想定しない利用によるトラブルなど、近視眼的なリスクを回避することがあります。
これは学校だけの問題ではなく、教育委員会にICTに精通した人材がおらず、「わからないから」という理由で各校に運用方針を委ねてしまうことも一因です。
例えば、ソーシャルメディアへの不適切な投稿など、児童によってはトラブルを起こす可能性もあり、それによって学校や教育委員会が責任を問われるケースもあるかもしれません。しかし、昨今はスマートフォンの普及も進んでいるため、すべてにふたをすると学校の外で問題が起きるリスクもあります。
平井氏も、全国自治体でのICT教育の現状を踏まえ、「“悪口掲示板”を避けるのではなく、その状態を乗り越えなければ本来の活用に至らない」と話します。
児童がトラブルを自ら避けられるようにするには、実体験を通じた「情報モラル」の教育が必要です。そのためには禁止思考ではなく、「学校側で関知・認識できる範囲で」あえて自由にICT機器やソフトを使わせる、許容できる範囲の失敗によって学習させるというスタンスがあるべき姿だといえます。
教員の目的意識
現場の最前線においても課題があります。それはICT教育の目的が、気づかぬうちに機器やソフトをとにかく使うことに変わってしまいがちなことです。
ICT教育といえど、あくまで各教科の学びを達成させることが目的であり、その手段としてテクノロジーがあります。
例えば、ビジネスの場などでも、つねにパソコンやスマートフォンではなく、状況に応じて紙とペンを使うなど、自然な道具の使い分けがあります。また、パソコンのソフトも1つのものだけですべてが完結するわけではなく、複数のソフトを特徴や利用目的に合わせて使い分けます。学校教育でもこれと同じような状態をつくることが理想です。
例えば、タブレット端末や電子黒板“だけ”で授業を進めてしまっている場合は、「手段が目的になってしまっている」可能性もあるかもしれません。
大切なのは児童がツールを使い分けられる能力を身に付けることです。そのため、例えばメモをとる場面であれば「ノートをとるかパソコンにするか」を各自が判断できることが大切で、教員の役割はその働きかけをすることです。
また、一般的には中高年世代よりも、デジタルネイティブ世代のほうがICT機器に精通しています。生まれたときからデジタルテクノロジーに触れている児童はICT機器などの学習スピードが速いため、各種のソフトの使い方・使い分けについて意見が上がることもあります。「ICT教育の理想形を児童と一緒につくる」という発想で、こうした声に耳を傾けることも大切です。
加えて、現場をリードできる人材も必要。昨今では教育とテクノロジーどちらもわかる「教育CIO」という役職を設けている自治体・学校も増えています。
ICTの活用で深い学びの実現を
デジタルテクノロジーの発展によって、私たちの生活のあらゆるシーンにICTが入り込んでいます。この傾向はますます加速し、今の小学生が教育課程を終えて社会に出る頃には、より高度なデジタル化が実現されていることは間違いないでしょう。
そうした未来において活躍できる人材を育てるためにも、小学生におけるICT教育は非常に重要な位置づけにあります。
また、学校教育も知に対する考え方が見直される時期にさしかかっています。
従来の伝統であった教え込み型の教育から脱却し、主体的・対話的な深い学びを実現するためにもICT教育は欠かせません。例えば、グループ内での反転学習、学んだ単元の講義動画を自作するなど、デジタルだからこそできるようになった学習方法があります。
ICT教育の本来の目的を念頭に、それを実現する手段としてICTをいかに使いこなしていくかが、GIGAスクール構想が施行された今こそ問われています。
取材協力:平井聡一郎(文部科学省ICT活用教育アドバイザー、総務省地域情報化アドバイザー、経済産業省産業構造審議会臨時委員、茨城大学非常勤講師)
(注記のない写真はPIXTA)