世界の教育目標は「Well-being」がテーマに
熊本市教育委員会の遠藤洋路教育長は開会のあいさつで、「Well-beingとは、個人だけでなく社会全体、経済面だけではなく精神面や安全面など生活の質も含む概念。熊本市では、教育基本計画である教育大綱の中で、このWell-beingを実現するために自ら考え主体的に行動できる人を育むことを目標に掲げている。『OECD Education 2030』の中でも、Well-beingのために自ら考え行動する意思や力をエージェンシー(主体者)という概念で表されている」と話し、世界の教育目標がWell-beingというテーマに向かっていることを説明した。
また、遠藤氏は「コロナ禍の新しい生活様式によって、このようなオンラインイベントを開催することが可能になった。熊本市という地方都市が、世界に向けて発信していくことに大変意義がある」と言い、「このイベントを通じて、熊本市から世界の教育へ貢献していきたい」と意気込みを語った。
イベントでは、実際に熊本市の市立学校で進められている教育実践の報告や、専門家によるセミナー、有識者によるパネルディスカッションが実施され、学校・教育関係者だけでなく、経済産業省や民間企業・団体、YouTuberなどさまざまな専門家が登壇した。遠藤氏は、「多様な関係者とともにつくることで、熊本市が目指す教育エコシステムを実践していくイベントにしたかった」と話した。
「子ども自身の問いを起点とする学び」が必要な理由
14日に開催された「学校教育の未来〜新時代の学びの創造〜」のパネルディスカッションには、東京大学大学院教育学研究科長・同教育学部長 教授/秋田喜代美氏、経済産業省商務・サービスグループ サービス政策課長(兼)教育産業室長/浅野大介氏、東京大学公共政策大学院・慶應義塾大学政策・メディア研究科教授/鈴木寛氏、熊本市教育委員で熊本大学教育学部准教授/苫野一徳氏という豪華なメンバーが参加。熊本市の小・中・高校の実践報告に触れながら、学校教育の未来について活発に意見を交わした。
苫野氏は、城東小学校の健康教育の実践について、健康という大きなテーマの中から子どもたちが自らの生活の中で問いを立てて取り組んでいる点を、「先生主導で進める従来の構成主義から、子どもたち主導の非構成主義に大きく変えることができている」と評価し、「先生がお膳立てをすると、学びの責任が自分のものにならない。自ら問いを立てて取り組むことで、学びや自分の人生そのものを、自分が切り開いていくという姿勢を育むことができるのではないか」と語った。
秋田氏も、「生徒が学校でいつも眠くなるのはなぜか」という「自分事」のテーマを取り上げて課題解決に挑み、自分たちの生活スタイルの見直しだけでなく学校のカリキュラムの変更を提言した必由館(ひつゆうかん)高校の実践報告に触れながら、自分たちの問いから始めたからこそ、自身の行動変容の実現や社会を変える提言につながったのだろうと考察した。
Well-being、すなわち自分自身と社会のよりよい未来に向けて、主体的に考え行動できる子どもを育成するためには、学校教育のスタイルを「自ら問いを見つけて、自ら学び取り、実践・実行する」という形へと変える必要があるようだ。
浅野氏は、「子どもたちの関心はそれぞれ違うため、先生の知識だけでは対応できなくなっていく。先生の役割は、子どもたちの問いに伴走して学びを深めるガイド役のように変わる」とし、「これからの教師の専門性は、人の成長や組織をリードする役割になっていくだろう」と話した。
鈴木氏は、「実際に、生徒と長い時間一緒に過ごしている先生だからこそできることは、その子の関心を引き立てその子に合ったレコメンデーションをすること」と述べ、これからの先生には100人100通りの対応力が求められるとした。
熊本市ではすでに、小学校から自ら問いを立てて自ら学び取るスタイルへの転換が進められている。それぞれの学校の実践報告では、子どもたちが主体となる新しい学び方にICTを効果的に活用している様子が共有され、1人1台が配布された後の学びがどのように変わっていくべきなのか、リアルな事例で示唆された。
校則を見直すのは「社会」に貢献する姿勢を育むため
15日にKEW2020の最後を締めくくったのは、遠藤教育長、認定NPO法人カタリバ代表理事/今村久美氏、熊本市立城東小学校校長/佐藤俊幸氏、内閣府地域活性化伝道師/三角幸三氏が参加したパネルディスカッション「Well-beingを実現するための教育」。個人の幸せだけでなく、社会全体の幸せを考えていける人を育てるために必要な教育のあり方について、熱い議論が交わされた。
遠藤氏は、「熊本市教育委員会自体が、Well-beingを実現するためのエージェンシーとして行動していきたい」と話し、現在話題を集めている熊本市教育委員会が市立の小・中・高校で実施した校則・生徒指導のあり方の見直しに向けたアンケートの実施について、「自分たちのルールは自分たちで決めて、自分たちが決めたルールはしっかり守る。誰かが決めたルールに従い、要求をするだけという姿勢になってほしくない。教育委員会が校則を決めて下ろすというやり方ではなく、子どもたちと学校が主体となって見直していくきっかけになればと考えている」と説明した。
今村氏は、「クラウドファンディングなどの社会インフラが整ってきたことで、10代でもやりたいことがあれば実現できる時代になってきた。学校の役割は、自分は物事を変えていくことができるということを体験・経験できる場であることが重要」と強調した。
佐藤氏も、「校則だけでなく、さまざまな機会をつくって、子どもたちが学校運営に参加できるようにしていきたい」と述べ、「自分が通う学校やクラスも、子どもの社会。世界的な問題も、子ども自身がリアルにつながっている学校やクラスの問題に置き換えて扱いながら、社会の問題を自分事化するサイクルが往還するといい」と話した。
熊本市教育委員会としても初めての試みであったKEW2020は、機材の不具合によりライブ配信が止まるといったトラブルも起こった。
遠藤教育長は、「役所もこれまでのやり方を変えていて、まずはやってみようという姿勢で進めている。教育委員会がこんなイベントをやって失敗しているという姿を現場の先生に見てもらって、失敗してもいいんだという風土をつくっていきたい」と話した。
遠藤氏は、「身近な社会からよりよく変えていこうとしても、例えば、小学生が地元の商店街をよみがえらせるようなことは簡単には実現できないかもしれない。しかし、できないなら失敗ではないし『今できることはこの程度』に収まるのでもなく、目指したい方向へ向かって、失敗しながらも前を向いて進んでいくことが重要だと考えている。熊本市教育委員会が、世界の教育に貢献するという大きな目標を掲げているのも、その姿勢を示していくためである」と述べた。
熊本市教育委員会は、KEWを今後も毎年開催していく予定だという。
(写真:注記のない写真はiStock)