子どもに関わる行政を集約、縦割り打破には懸念

今国会で法案が成立すれば、こども家庭庁は2023年4月に内閣府の外局として発足することになる。首相直属の機関として位置づけ、内閣府や厚生労働省が推進している子どもに関わる部署が移管され、文部科学省とも連携しながら子ども関連政策の司令塔を担っていくことになる。

幼稚園や義務教育などの学校教育関連は、そのまま文科省に残ることから、当初の狙いであった縦割り行政打破には懸念が残るものの、とりあえずは一歩踏み出した形といえるだろう。職員は300人ほどの組織になる予定だ。

かつて旧民主党政権でも、子ども・子育てに関わる行政を一元的に扱う省庁の創設が提案されたことはあったし、子ども政策専門の行政機関の必要性を訴える議員は与野党を問わずにいた。なかなか議論が進展しなかったわけだが、その創設に菅義偉前首相が意欲を示したことから実現に向けた動きが一気に加速した。

これまでの経緯について、日本大学教授の末冨芳氏はこう話す。

「いちばん大きなインパクトを与えたのは、16年に改正された児童福祉法で、子どもの権利が法的に明確に位置づけられたことです。これ以後、教育機会確保法や子どもの貧困対策法の改正でも、子どもの権利条約の理念にのっとることが規定されました。これが、こども家庭庁発足を促すことになりました」

日本は、1989年に国連で採択された「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」に94年に批准した際、子どもの権利擁護に関する国内法の整備は行わなかった。政府が既存法で子どもの権利は守られているという立場を取ったからだ。

「子どもの権利条約」子どもの4つの権利
生きる権利:住む場所や食べ物があり、医療を受けられるなど、命が守られること
育つ権利:勉強したり遊んだりして、持って生まれた能力を十分に伸ばしながら成長できること
守られる権利:紛争に巻き込まれず、難民になったら保護され、暴力や搾取、有害な労働から守られること
参加する権利:自由に意見を表したり、団体をつくったりできること
出所:日本ユニセフ協会「子どもの権利条約」

そのため、児童福祉法の改正で「児童の権利に関する条約の精神にのっとり」という理念が示されたことや「児童の年齢及び発達の程度に応じて、その意見が尊重され、その最善の利益が優先して考慮され」と明記されたことは画期的だったのだ。

さらに20年9月に日本財団が、子どもを権利の主体として位置づけ、その権利を包括的に保障する「こども基本法」の制定を提言。それを受けて、不登校や子どもの貧困対策などに取り組む諸団体がこぞって「こども基本法」の制定や「こども庁」の設置を要望する運動を強化した。そこには、子どもを守る法律がないことへの危機意識の高まりがあったという。

20年といえば、新型コロナウイルスの感染拡大が始まり、当時の安倍晋三首相が学校の全国一斉休校を要請。地域の公園なども感染拡大防止の観点から利用できなくなり、子どもたちの生活の場の大半が失われた。

「何の法的根拠もなく公園の遊具が使用禁止になり、公園で子どもが遊んでいると大人に怒鳴られたり、ひどい場合は警察に通報されたりしました。新型コロナの感染拡大で行動を強く制限されたのは子どもたちだったのに、子どもを守る法律がないことを多くの関係者が目の当たりにしました。それに対する悲嘆や怒りから、私を含む子ども若者支援の専門家・関係団体は子どもを守る法律の制定と、子どもを守る行政組織の必要性を強く認識し、行動するようになったのです。そうした関係者の中には与党の政治家も少なからずいました」

こども庁か、こども家庭庁かの議論

当初、新設される組織は「こども庁」とされていたが、なぜ名称が変更になったのか。

自民党内の保守派などから、子どもは家庭を基盤に成長するため「こども家庭庁」にすべきという意見が強く出たからだが、伝統的な家族観を重視する保守派内には「こども庁」では子どもが権利ばかり主張するようになるという危惧もあったようだ。

これに対して、こども庁の創設を目指してきた民間団体などからは「虐待で家庭が地獄という子どももいる」「子どもに関することは結局、家庭(保護者)の責任にされる」などの反発が起きた。この論争に対して末冨氏は「名称をめぐって対話を拒否するようなことはすべきではない」とクギを刺したうえでこう語る。

「子どもをど真ん中に置き、子どもの権利と尊厳を大事にするためには、家庭も大事な養育環境というのなら納得できます。しかし、家庭のない子どもや里親にすら虐待されている子どももいる。同性婚など多様な家族の概念や子どもの人権が広く認められているとは言いがたい日本の社会で、こども家庭庁という名前になったら、親に責任を押し付けるようなことになりかねないと危惧することも理解できます。そうしたさまざまな疑問や思いに対して、野田聖子少子化担当相や岸田文雄総理がどんなメッセージを発信するのかも含めて、今後の議論を注視していく必要があります」

実際、こども家庭庁はどのような機能を果たしていくのか。虐待防止や子どもの貧困対策、児童手当や認定こども園などの行政業務に加え、子どもに関わる仕事に就く人に性犯罪歴がないかを確認する「日本版DBS制度」の検討なども行うようだ。

これらをしっかりと機能させるには、「財源と子ども政策に関わる人員を増やすこと、そして子どもの尊厳や権利を大事にしていくための『こども基本法』の3点セットが必要です」と末冨氏は強調する。

「子どもの権利条約」批准から28年を経て「こども基本法」の成立へ

基本法とは、国の制度や政策などの基本方針が明示されたものをいう。例えば、女性の権利には「男女共同参画社会基本法」、障害者の権利には「障害者基本法」があるが、子どもには子どもの包括的な権利や国の基本方針を定めた基本法がない。

だが、そのこども基本法が、「子どもの権利条約」批准から28年を経て制定される見込みが高くなってきた。3月10日には自民党が「子どもの権利条約」にのっとった「こども基本法」の骨子素案を連立与党である公明党に提示している。

「こども基本法は理念法であり、法律の中でも上位にランクされますから、すべての子ども政策にまたがり横串を刺す機能を持ちます。法律ができれば官僚も自治体も従わざるをえませんし、何か問題があったとき、『子どもにやさしくないから』というような情緒的な表現ではなく、法的な根拠に基づく批判や改善ができるようになります」と、末冨氏も基本法の制定が現実味を帯びてきたことを高く評価する。

現在、兵庫県川西市や神奈川県川崎市、東京都世田谷区などの自治体では、子どもの権利に関わる条例を定めていたり、子どもの権利を擁護する機関「子どもコミッショナー/オンブズパーソン」を設置しているところもある。こうした動きは、今後も推進されるべきだが、地域によって差が出ないよう国レベルでの法整備や機関の設置は急務だ。

もちろん、こども家庭庁の設置もこども基本法の制定も、まだ決まったわけではない。今後、国会の議論で大きな修正がないとも限らないし、議論を通じて新たな問題が浮上する可能性もある。子どもがワンストップで相談できる窓口の設置や、今回の骨子素案では見送りとなった国レベルの子どもの権利擁護機関の設置なども、今後検討していくべき課題だろう。

また今回、幼保一元化は見送られたが、今まさに困っている子どもたちに手を差し伸べるためにも、こども家庭庁の設置やこども基本法の制定を優先させるべきだと末冨氏は話す。

「日本では長い間、子どもや若者の声が封じられてきました。だから多くの子どもや若者が、何を言っても変わらないと諦めに似た思いを抱いています。一方で日本は、子どもや、子育てをしている親に冷たい社会です。私は、著書の中で子育て罰の国だと指摘したこともあります。けれども、こども家庭庁ができこども基本法が成立すれば、そういう現状も変わっていくと思います。ただし、私たちはようやく今、そのスタートラインに立とうとしているだけであり、これからまだまだ議論と政策の改善が必要です。そうしたプロセスを通じて、子どもや若者が、声を上げていけば社会を変えられると思えるような国、子どもや若者がもっと生きやすい社会にしていくこと、それが子どもを大事にするということだと思います」

次代を担う子どもを社会全体で守り育てる国へと変われるか。今後の議論を注視していくのはもちろん、大人一人ひとりが「子どもの権利」について知り、それを守る仕組みがどうあるべきかについて考えることが、まず必要ではないだろうか。

末冨 芳(すえとみ・かおり)
日本大学 文理学部教育学科 教授
京都大学教育学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(学術・神戸大学大学院)。内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員、文部科学省中央教育審議会委員などを歴任。専門は教育行政学、教育財政学。共著『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書)、『教育費の政治経済学』(勁草書房)などの著書がある
(写真:末冨氏提供)

(文:崎谷武彦、注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)