インクルーシブ教育とは?
インクルーシブ教育とは、「子どもたちの多様性を尊重し、障害のあるなしなどにかかわらず、すべての子どもを包含する教育方法」を指します。2006年の国連総会で採択された「障害者の権利に関する条約」で示されました。
誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様なあり方を相互に認め合える共生社会の形成を目的としています。
日本では、共生社会の形成に向けて、障害者の権利に関する条約に基づく「インクルーシブ教育システム」の理念が重要であり、その構築のため、小・中学校における通常の学級、通級による指導、特別支援学級、特別支援学校といった、連続性のある「多様な学びの場」を用意することが必要であると考えられています。
「特別支援と通常学級の子は違う」を取り払う、インクルーシブ教育の本質
文部科学省とインクルーシブ教育について
文部科学省では、共生社会の形成に向けて、インクルーシブ教育システムを構築するため、以下のような取り組みを行っています。
・乳幼児期を含め早期からの教育相談・支援
乳幼児期を含め、早期からの教育相談や就学相談を行うことにより、子ども一人ひとりの教育的ニーズに応じた支援を目指します。必要に応じて、子ども・保護者と市町村教育委員会、学校などが、必要な支援について合意形成を図っていくことが重要であると考えられています。
・ 就学先を決める仕組み
「障害のある子どもは原則特別支援学校に就学する」といった仕組みを改め、障害や発達の程度、本人や保護者の意見、専門家の意見、学校・地域の状況を踏まえて総合的に判断できるよう、就学先決定の仕組みづくりに力を入れています。
また、就学後の児童生徒の発達の程度、適応の状況等を見ながら、柔軟な転学ができるよう体制の整備が行われています。
・一貫した支援の仕組み
障害のある子どもが、乳幼児期から成人するまで一貫した支援ができるよう、必要に応じて関係機関が連携できるような仕組みづくりも行っています。
・ 合理的配慮や基礎的な環境整備
障害のある子どもが、ほかの子どもと教育を受ける権利を守るため、学校が必要な変更・調整などを行う「合理的配慮」。一人ひとりの障害の状態やニーズに応じて配慮する内容を決定します。決定後も、発達の程度、適応の状況などを勘案しながら柔軟に見直し、合理的配慮を充実させるための基礎的環境整備も求められています。
ギフテッドではなく「特異な才能のある子」、個別最適な学びの中で支援へ
インクルーシブ教育と特別支援教育の違い
「特別支援教育」は、2007年から「学校教育法」に位置づけられました。「障害のある子どもの自立と社会参加をするための主体的な取り組みを支援する」という視点に立ち、「対象となる子ども一人ひとりの教育的ニーズを把握し、その持てる力を確認して伸ばし、学習や生活で抱える困難さを軽減し改善するための適切な指導や支援を行う教育」を指します。
インクルーシブ教育は、前述したとおり、障害のある子もない子も共に教育を受けることで、「共生社会」の実現をめざす教育です。
共生社会の形成に向けて、インクルーシブ教育システム構築のために欠かせないのが、障害のある子どもが主体的に社会へ参加するための特別支援教育という位置づけになっています。
インクルーシブ教育のメリット
インクルーシブ教育により、子どもたちは、自分と異なる立場の人と関わることで、お互いを尊重したり思いやったりする心を育むことができるといわれています。
子どもの頃から違いを認め合う環境で過ごすことで、「みんなと同じこと」をよい、「みんなと違うこと」は悪いといった二元論の考え方ではなく、多様性を受け入れることができる子どもが育つと考えられています。
インクルーシブ教育の課題
日本では、インクルーシブ教育システム構築のため、環境整備や教職員の専門性向上が進められています。しかし、その対策はまだまだ十分とはいえません。
2022年8月、「障害者権利条約」について、国連・障害者権利委員会による日本政府への取り組み審査が実施されました。
その結果、教育の分野では、障害のある子どもたちが、とくにその程度が重い場合に特別支援学校への入学を要請され、地域の学校に受け入れてもらえない状況、障害のある児童生徒に対する合理的配慮が不十分であること、インクルーシブ教育における教員のスキル不足など、さまざまな問題を指摘されました。
インクルーシブ教育の事例
インクルーシブ教育は、小学校や中学校でどのように行われているのか、国立特別支援教育総合研究所の「インクルーシブ教育システム構築支援データベース」から実践事例を紹介します。
小学校の事例
自閉症スペクトラムの診断がある小学2年生の事例。
幼稚園在籍時から、対人関係やコミュニケーションに困難さがあり、小学校に入学後、通常学級で学習面や学校生活面での困難さが表れるようになりました。
そこで、学級においては、「見通しを立てる」「視覚的な情報を意図的に取り入れる」などの指導や支援等を継続的に行いつつ、地域の小学校への通級による指導を活用しながら、社会性等について学習しています。
通級による指導の担当教員と担任、保護者は、毎週ファイルのやり取りで情報を共有し、通常の学級での支援に生かしています。さらに、それぞれの教員が相互の授業を参観したり、情報交換をしたりすることで、指導や支援に生かしています。
中学校の事例
中学校の自閉症・情緒学級に在籍する自閉症スペクトラムのある中学2年生の事例。
自分の興味がある教科については熱心に質問する様子が見られる一方、抽象的な内容や、自分にとって価値がないと思える教科にはまったく興味を示さず、自分の納得できない状況になると、パニックになり授業中でも教室を飛び出すこともありました。
また、予定の変更に弱く、突発的な時間割の変更等があると対応できず、授業に入れないこともありました。
中学校では、生徒の課題について、担任と保護者が相談して支援を進め、生徒に対して、見通しの持たせ方、感情コントロール、注意集中、こだわり、対人コミュニケーションなどの観点から合理的配慮を提供しました。
これらの合理的配慮の提供の結果、生徒は、教室移動に対応できるようになり、気持ちが崩れても、次の学習を考えてクールダウンする時間が短くなりました。
また、振り返りの時間を継続したことで、少しずつ自分の姿を客観的に捉えられるようにもなってきています。
インクルーシブ教育の目指すところ
インクルーシブ教育がめざすのは、「共生社会」です。共生社会とは、これまで社会参加できるような環境になかった障害者などが、積極的に参加・貢献していくことができる社会です。
インクルーシブ教育は、障害のある子どもたちの自立と社会参加を目指した取り組みを含め、世界的潮流である「共生社会」の形成に向けて、教員配置や意識改革などが求められています。
まとめ
2022年8月に行われた国連障害者権利委員会による取り組み審査により、日本の特別支援教育について、通常教育に加われない障害児がおり“分離教育”が長く続いていると懸念を表明。日本政府は、分離教育の中止に向け、障害のある子もない子も共に学ぶ「インクルーシブ教育」に関する国の行動計画を作るよう求められました。
これに対し文部科学省は、「特別支援と普通の学校の選択は、本人と保護者の意思を最大限尊重している」と説明し、「特別支援教育は中止せず、インクルーシブ教育を進める」としています。地域で共生しながら学ぶ社会に向け、議論を重ねながら必要な環境を構築していくことが求められています。
明治大学卒業後、出版社、制作会社勤務を経てフリーに。教育、子育て、PTAなどの分野で取材、執筆、企画、編集を行う。教育分野では、ICT教育、教職員の働き方、授業実践事例や学校づくり等をテーマに取材。著書に「PTA広報誌づくりがウソのように楽しくラクになる本」「卒対を楽しくラクに乗り切る本」(共に厚有出版)、執筆協力に「学校ってなんだろう」(学事出版)などがある。