経験と言語の螺旋で、学びが深まる 知識を創造しイノベーションを起こす教養

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リベラルアーツが文脈をつむぐ

知識創造理論は、知識創造企業が組織的知識をどのように生み出しているかを説明するSECIモデルに始まって、場の概念やビジネスモデル戦略へと発展し、今はリーダーシップに注目するようになっています。そこで着目しているのが、古代ギリシャの哲学者アリストテレスが提唱し、賢慮や実践的知恵という意味を持つフロネシスという概念です。

今まさに時代はフロネシスを伴ったリーダーを必要としています。マーケットも大きなエコシステムに包摂されるものであり、あらゆる関係性のなかでわれわれは生きているという認識が強くなってきています。ソーシャルとプライベートの境界が融合し、多元主義の時代に入ってきているのです。そうなると、多種多様な価値観を尊重する包括的な経営観が必要になってきます。つまり、自己中心的に勝ち残る経営戦略はもはや通用せず、社会にとって何が善いことかを考える経営になってきているのです。

そういった時代に、複雑な関係性のなかから意味をつむいでいくのに最も最適な学問がリベラルアーツ(教養)だと私は考えています。具体的には哲学、歴史、文学のような分野ですが、人間とは何かという哲学的な問いに始まって、真善美とは何か、過去・現在・未来のダイナミックな関係性をどう洞察するかといったことを、アナロジーやレトリックを通して考える学問です。

このようなリベラルアーツが大事なのは、企業の一つの事業活動、たとえば新製品開発であっても、製品を使う消費者の置かれた環境や、その背後の時代の流れを捉えることのできる大きな視野や、さらにはそういう商品を開発することが社会的に善いことかという価値判断をも考えなければならないからです。

企業経営者などと20年来にわたって続けてきたリベラルアーツの勉強会を振り返って思うのは、大学の1、2年生では教養にあまり関心を持てないだろうということです。自分の人生について考えたり悩んだり、壁にぶつかったりというような生き方についての切実な問題意識がないと教養にはなかなか関心が向かないからです。そういう点では、年を取ってからのほうがリベラルアーツから得るところが大きい。つまり、リベラルアーツは幾つになっても、自分の生き方と照らし合わせながら学び続けるべき学問なのです。

そんなふうに自らの生き方のなかから教養を深めたリーダーが、暗黙知・形式知・実践知(フロネシス)という三位一体の知のダイナミックな相乗作用を通じて新たな知識を創造し、イノベーションを起こしていくことによって、これからの時代を切り拓いていくことになるのではないでしょうか。

野中郁次郎 (のなか・いくじろう)
1935年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。富士電機製造勤務の後、カリフォルニア大学(バークレー校)経営大学院にてPh.D.取得。南山大学経営学部、防衛大学校、北陸先端科学技術大学院大学各教授を歴任。クレアモント大学ドラッカースクール名誉スカラー、カリフォルニア大学バークレー校経営大学院ゼロックス知識学ファカルティフェロー、早稲田大学特命教授、富士通総研経済研究所理事長。知識創造理論を世界に広めたナレッジマネジメントの権威で、『ウォールストリート・ジャーナル』で「世界で最も影響力のあるビジネス思想家トップ20」に選ばれる。主な著作に、『組織と市場』(千倉書房)、『知識創造企業』(竹内弘高氏との共著、東洋経済新報社)、『知識創造の経営』(日本経済新聞社)、『失敗の本質』(共著、ダイヤモンド社)がある。