
起業家活動の実態を見つめビジネスに生かす
今回、伺ったのは法政大学大学院経営学研究科の稲垣京輔教授による「起業家活動」に関する講座。具体的には、「国内外で発展してきた起業家やベンチャーに関する経営学、社会学研究の理論的枠組みや事例を参照する」という内容だ。
そして、事業創造の担い手である起業家の活動の実態を明らかにすることで、近年の日本に見られる組織現象に対して、より深い理解力、観察力を養うことを目的としている。
1年をかけて開催される講義の第8回目である今回のテーマは「インキュベーションと起業家活動の活性化」について。
直接的なテーマは、起業支援、育成という「インキュベーション」の課題と対策を明らかにする講義内容であったが、そこにはイノベーション実現やプロジェクトチームのパフォーマンス向上へのヒントが隠されていた。
インキュベーション施設が抱える構造的な課題

講義では初めに、ビジネスインキュベーション施設の実態と課題を紹介。地域活性化を期待するものとして、各地の公的機関や大学によって数多くの施設が設置されてきたが、ほとんどが所期の成果をあげられないのが現状とのこと。
その原因として、「インキュベーションの設置者が行政の場合、地域活性化が最終的な目標であるのに対し、施設の入居者である起業家は事業の発展を目標とするため、起業家に対して直接的な支援を行うインキュベーションマネージャー(以下、IM)は両者の板挟みとなる。その結果、2つの目標を両立し得ないという問題が発生しやすい。同様の構造的な問題点は、大学発ベンチャーのTLOなどにも見られる」という。
「起業経験や先端事業分野での知識がないなど、そもそも企業経営のカルチャーとは異なる人がIMとなることも少なくありません。また、企業は事業のパフォーマンスをあげるために最適な立地を考えるのに対して、設置者は地元に根付く企業の実績を期待する。したがって、地域活性化を目的としたインキュベーション事業は、なかなか成果に結びつきにくい」と稲垣教授は指摘する。
実際に、十分な起業支援を行うことができず、単なる貸しオフィスと化しているインキュベーション施設も数多いというのだ。
起業を次々に生み出す「スピンオフの連鎖」の源泉とは?

起業家活動を取り巻く、そのような現状を解決する糸口として、教授が着目するのが、「企業が意図することなくインキュベーションを果たしてきた」という事実だ。
インテル、AMDを生んだことで知られる米国の半導体メーカー「フェアチャイルド・セミコンダクター」やイタリアの包装機械メーカーや医療機器メーカーなど、起業家を数多く輩出した企業の事例を紹介。
「既存企業のマネジメントのあり方に対する不満や社内で影響力を持つ人材の独立などが要因となり、新たな起業が生まれます。そして、この成功を受け、次の世代が続く——、この『スピンオフの連鎖』を生み出す源泉となるのが、『知識コミュニティ』の存在です」(稲垣教授)というのだ。
2)所属組織を超えて関心を持つ者が集い
3)ヒエラルキーの上下関係がなく、誰が何をしているかを知り、相互の情報が行き交い
4)新たな課題が持ち込まれる
そして、「このコミュニティからさらに組織化されたチームが既存企業から分離し、起業に向かう」(稲垣教授)という。
起業家活動を活性化させる知識コミュニティの発達

ここで重要なのが、コミュニティを形成するメンバーの範囲は企業内にとどまらないということだ。
「知識を核としたコミュニティを発達させ、新たな課題に対応できるメンバーを動員するために、職場をはじめ、学生時代の仲間、起業家仲間、取引先のネットワークを結合することが重要。しかし、日本では、たとえば学生時代のネットワークをビジネスに生かしているといえず、資源化できてない。これを改善するためには、経営者やマネジャーが、閉鎖的な日常業務の関係だけに人材を縛り付けておくのでなく、もっと社外でのネットワーキング活動を支援し、各自が情報を発信しあう関係を構築するような環境を整えることが必要です」(稲垣教授)。
結論としては、「起業家活動を活性化させるためには、単にインキュベーションという箱モノの施設を作るだけでは不十分。それよりも知識コミュニティをいかに作るかが鍵になる」ということだ。
人材のブリッジングによるイノベーションの可能性
今回の講義では、起業を切り口にさまざまな事実が語られたが、起業とはビジネスにおいて、新たなヴァリューを生み出すことに他ならない。そう考えれば、知識コミュニティについて語られたことは、新規プロジェクトチームの立ち上げやイノベーションの実現にも、そのまま応用できるだろう。
稲垣教授は語る。

「イノベーションスキルといっても、それは意図的に習得できるものではありません。ビジネススクールの教育の中で個人のスキルに還元できるものは、業務の流れやプロセスを改善するような直接的な知識ではなく、むしろ意識や行動を変えることでビジネスの仕組みに変革をもたらすような、間接的なヒントであるべきです」。
今回、教授のこの言葉通りに、「インキュベーション」というテーマを通じて、「イノベーション」に関するヒントを得ることができた。1年を通じて行われる講義では、この他にも実践に役立つ、学びや気付きを数多く与えてくれる。このことが、起業のみならず、社内での新事業や組織改革のリーダーとして、いかに振る舞うかというスキルに結びつくことは間違いないだろう。
