経験と言語の螺旋で、学びが深まる 知識を創造しイノベーションを起こす教養
これからの時代を切り拓くビジネスリーダーに必要な学問とは何か。 一橋大学名誉教授で知識創造理論を世界に広めた野中郁次郎氏に話を聞いた。
多くの日本企業で現場が大事と言われ、われわれはつい現場に没入していきがちです。しかし、入り込みすぎてしまうと、その背後にある本質や関係性の多くが見えないままとなってしまいます。物事の背後にある関係性をどう洞察し、そしてそれをどう最適な言葉で表現していくか。そうしたことは私自身、今も学者として追求し続けています。
われわれは質の高い経験を進んでするべきだし、修羅場的経験は暗黙知を豊かにしてくれます。とはいえ、その経験を最終的に言語化して他者と共有しない限り、個人の体験として個人のなかだけにとどまってしまうのです。個人の暗黙知は、言語化して形式知に置き換え、他者に伝えて共有化するなかで磨かれていく。つまり、具体的な経験のなかには、普遍性が入り込んでいて、それをわれわれは絶えず求めていくということになります。
質の高い経験が「知的成長」の原動力となる
私の場合、企業に勤めていた約9年間に及ぶ質の高い経験が、学者としてのベースになっています。そこでは、幸いなことに企業で行われるほとんどのオペレーションを経験することができました。それがのちに、学者になって現場でインタビューするときなどにも生きています。企業の方々の話をうかがうとき、直感的に何が面白いかがわかり、話の文脈も読めるようになったからです。
私の社会人生活は、富士電機製造の工場の勤労係として始まりました。1958年のことです。日本の社内教育の創生期で、富士電機製造でも社内教育に勤労係が初めて取り組むことになりました。まず、メンバーのなかから養成工を選抜し、将来の現場監督として養成するプログラムをつくりました。これが、のちにトップマネジメントの教育に発展していくことになるのですが、今にして思えば、日本におけるこの分野の先駆けでもあったわけですね。
社内教育の仕事をやっているうちに頭でっかちで観念論的になってきたと感じたので、現場を体験したいと、マーケティング部門への転属を希望しました。生産財の市場調査やマーケティングを経験したあと、人事関係とマーケティング関係の仕事は経験したものの、まだファイナンス部門を経験していないと考えるようになり、関連事業部へ異動しました。会社の経営が苦しいときのマネジメントというのは、究極、お金の問題になるからです。
ほかに労働組合の執行委員なども経験し、企業内のだいたいのオペレーションを経験したと感じた頃、自分の経験を経営学の研究や教育の先端を行く米国でもっと理論的に捉え直してみたいと考えるようになりました。それは、経営幹部教育を担当していたときに、慶應ビジネス・スクールの先生に協力してもらって、米国のケースメソッドなどを社内研修に導入した頃から兆していた願望でもあったのです。