スキルを学ぶ前に、論理的に考える力を磨け 佐藤優氏が説く、ビジネスパーソンの成長に不可欠な視点
「論理の外側」は学ぶな!?
一例を挙げよう。たとえば村上春樹氏のベストセラー『IQ84』。私がこの本で興味を持ったのは、ある登場人物には月が2つ見えるのに、別の人物には月が1つに見えるという設定だ。同じ事象にもかかわらず、人によってまったく別のからくりが見える。これをアナロジーとしてTPP問題を読み解くとどうなるか。ある人は「TPPは自由貿易だ」と主張する。確かにTPPはアジア太平洋地域において自由貿易を推進するものである。
そのため自由貿易推進論者はTPPに反対する。ところが別の見方がありうる。一見するとTPPは自由貿易だが、実は純粋な自由貿易ではない。本来の自由貿易というのは普遍的な観念であり「アジア太平洋地域」という特定の区域に導入するものではない。TPPはむしろアジア太平洋地域とその他の地域の間に障壁を設けることであり、保護主義(関税同盟)に近いとも言えるのである。このように小説を読み、アナロジーの力を鍛えることで、世の中をより的確に理解し、深く考えることができるのだ。
しかし注意が必要なのは、こうした「論理の外側」を学ぶためには、その前提として論理的思考力が欠かせないことだ。論理を理解して初めて、ここまでは理屈でわかるが、ここから先は理屈ではわからない、という仕分けができるようになる。上位1%に属するビジネスリーダーが司馬遼太郎の歴史小説やアンドリュー・カーネギー自伝やロックフェラーの「回顧録」を読もうとするのは、彼らが「論理の外側」を学ぼうとしているからである。
ビジネスパーソンが若いうちからそれを読むことを否定する気はないが、もし論理的思考力を鍛える余地がまだまだあるのに、それをなおざりにして、小説や偉人伝などの「論理の外側」を学ぼうとしているのであれば、それは知的成長という観点からは悪手と言わざるを得ない。
「論理の外側」を学ぶこともビジネススクールで各種スキルを学ぶのもいいが、ベースとして論理的思考力がなければ何も吸収できない。ビジネスパーソンとしての大きな成長を望むなら、まずはすべての基礎である論理的思考力を鍛えるべきであろう。
『Think!』第45号「キャリアを高める知的成長の技術」所収
「論理的思考力を鍛えるための数学と国語」を再構成
1960年東京都生まれ。作家、元外務省分析官。
同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。ロシア情報収集・分析のエキスパートとして活躍。著書に『3・11クライシス!』(マガジンハウス)、『国家の危機』(KKベストセラーズ)、『自壊する帝国』(新潮社、第38回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回新潮ドキュメント賞受賞作)、『国家の罠』(新潮社、59回毎日出版文化賞特別賞受賞作)等、著書多数。