新興国進出に必要な3つのケイパビリティ 野村 修一 デロイト トーマツ コンサルティング ディレクター
新興国ビジネスで必要なケイパビリティ
新興国市場を制するために求められる組織能力(ケイパビリティ)としては、大きく次の3つに集約される。
(1)仮説を現地で素早く検証し、修正・再構築できる能力
(2)事業環境の長期的な変化を織り込んだシナリオ策定力
(3)結論を出せるトップのリーダーシップ
この3つについて、それぞれくわしく見ていくことにしよう。
(1)仮説を現地で素早く検証し、修正・再構築できる能力
新興国市場への進出に際しては、どの企業でも市場規模などの仮説を立てると思う。しかし、日本企業の多くはその際に、日本国内、あるいは欧米などの先進国でのビジネスで使われる「物差し」を使って仮説を立ててしまいがちだ。着手段階としてはそれでもしかたがないのだが、新興国には先進国にはない共通点があるのは先ほどご紹介したとおりであり、最初に立てた仮説はあくまで仮説として、それを素早く検証・修正する能力が企業には求められる。
たとえばベトナムとナイジェリアは1人当たりのGDPが同じくらいである(ベトナム1374ドル、ナイジェリア1490ドル:IMF2011年)。そして人口はベトナムが8900万人、ナイジェリアは1億6000万人と、ナイジェリアはベトナムの1.8倍の人口を持っている。これからナイジェリアで二輪車を売ろうとするならば、「2010年度にベトナムで売れた二輪車が315万台。ということは315万台かける人口1.8倍で、560万台は見込める」という仮説を立てる人も多いだろう。
しかしこの仮説を持って現地に行くと、それが誤っていることが一目瞭然となる。ナイジェリアの最大の都市ラゴスや首都アブジャを歩いてみると、どちらもショッピングセンターの数は少なく、販売されているものを見ても東南アジアより見劣りすることはすぐにわかる。ショッピングする人を見ても、世界有数の産油国の住民を感じさせる華美な服装に包まれた人は少ない。実はナイジェリアは、1人当たりのGDPはベトナムよりやや高いものの、ほとんどが貧困層であり、ごくわずかな超富裕層が平均値を引っ張り上げているのだ。富裕層の多くはロンドンやパリに行って買い物をしており、ナイジェリア国内は富裕層が買い物を楽しめるようなマーケットではなく、中間下位層をターゲットとしたものになっている。そして、バイクを買う中間所得層も、ベトナムと比べると非常に小さいという現実がある(実際のナイジェリアの販売台数は同年度で100万台〈2010年JETRO〉)。
つまり先ほどの机上の仮説はまったく通用せず、すぐさま修正する必要が生じるのである。
新興国では、そもそも使用に耐えうる統計データが少ない上に、その統計データの見方も、日本の国内市場と同じではない。判断の基本は、実際に見て確かめる市場である。新興国ビジネスでは、当初立てた仮説を、実地見聞をして素早く検証・修正を繰り返す能力が求められる。
(2)事業環境の長期的な変化を織り込んだシナリオ策定力
新興国市場の魅力の1つは将来性である。現状では市場として小さくても、数年後、数十年後の成長を見越して手を打つという姿勢が新興国市場の開拓には不可欠であり、そのためには、長期的な環境の変化を織り込んだ精度の高いシナリオを策定する力も求められる。
ビジネスプランのシナリオに大きな変化をもたらすものに、その国のインフラ整備がある。ほとんどの国はインフラ整備を、中長期的な投資計画のなかで位置づけていることから、ある程度予測可能な事業環境の変化をもたらす。ミャンマーを例に取ると、全国送電網接続ベースの電化率で全国平均はわずかに26%、最大都市ヤンゴンで67%、首都ネピドーで54%、第2の都市マンダレーで31%にとどまっている(2011年国家計画経済開発省)。経済成長を支える電力は、優先的な投資対象となっているのである。電気は、ある日突然通るわけではなく、最初に発電設備ができて順次、送電、配電設備が整っていくことになるので、電化地域は前もってわかる。電気工事業や家電・電設資材販売が自社事業だとすれば、ビジネス機会を捕捉するための投資のタイミングが読めるわけだ。
なお、長期的な変化を織り込んだビジネスプランを策定するためには、自社の経営資源を踏まえた市場参入戦略を、前もって策定しておくことが求められる。これまでの日本企業は、「まずは駐在員事務所を置き、売れることを見定めてから販売会社をつくり、営業基盤ができてから工場投資」という、その国のマーケット事情を踏まえたマーケットエントリー戦略を特に持たないで新興国進出を試みるケースが多く見られた。一方、LGやサムスンなどの韓国企業は違う。まずその国の需要をつかみ、この需要のうちシェア何%を自分たちがねらうのかを明確にした上で、そのためには必要な工場投資とマーケティング投資がどれくらい必要かという市場参入戦略を緻密に立てて新興国進出を成功させている。ある韓国メーカーのインドの社長は「日本企業は片足を突っ込んで、冷たいのか温かいのか探ってからもう片方を進めようとする」という辛口なコメントをしていたが、これは日本企業の戦略のなさ、新興国への対応の遅さを指摘している。
自社の経営資源を踏まえたエントリー戦略と、長期的な変化を織り込んだビジネスプランを策定する力があれば、スピードのある投資のための意思決定が可能になる。たとえば、新興国の市場参入を果たしたいけれど、100%の現地法人で出るか、買収で出るか、ジョイントベンチャーにするのか、代理店を置くのか、新興国参入形態選択の際の判断の拠り所が欲しいという相談を最近よく受ける。自社の市場参入オプションを、可能な限り定量的に重要性を判断する物差しとともに評価することができれば、経営陣全員が納得した上でスピーディに投資意思決定することができる。逆にいえば、経営執行委員会や取締役会で協議する際の共通物差しがなければ、「なぜそのタイミングで投資をするのか」「なぜそのパートナーと組むのか」、その根拠を示すことは難しく、投資決裁を得ることができなくなる。
今後はターゲットとする新興国もBRICsからネクストイレブンなどといわれるようになり、対象が拡大するとともに、ますます一貫した判断の根拠や納得性が求められるだろう。
(3)結論を出せるトップのリーダーシップ
求められるケイパビリティの3つ目は、結論を出せるトップのリーダーシップである。たとえば韓国のあるグローバル企業では「権限があるトップが出ていけば結論が早い」という意識の下、本社役員が渡航禁止国であるイラクに年間13回も出張しているという話を聞いたことがある。もちろんそのためには、事前に政府に向けて渡航申請書を書いた上で出張する必要があるのだが、日本の大企業では、渡航禁止国はもちろん、渡航に支障がない新興国でさえも、トップ自らが頻繁に赴き、ビジネスをまとめてくるという話はあまり聞かない。トップのリーダーシップ、行動力の差は、ビジネスの勝敗に直結すると言っても過言ではない。