新興国進出に必要な3つのケイパビリティ 野村 修一 デロイト トーマツ コンサルティング ディレクター

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新興国市場を制するために知っておくべき共通点

スイミングプールで競泳する場合と、海で遠泳する場合では、求められる能力が異なる。これと同じように、日本のような成熟市場で成功する方法と、新興国市場で成功する方法も異なる。それぞれ求められる組織能力が違うのだ。

ただし、実は新興国同士には、大きな共通点がいくつもある。そして、その共通点を踏まえた組織能力を獲得すれば、どの新興国市場でも成功する可能性が高まる。ブラジルで勝つ企業はインドでも勝ち、アフリカでも勝つのである。逆に、そういった組織能力を獲得していない企業は、インドでもナイジェリアでも勝てず、ロシアに行っても勝つことはできない。

新興国市場を攻略するために必要な組織能力とは何かを考えるために、ここではまず新興国市場の共通点を理解しておきたい。

(1)流動性の低いローカル通貨
 新興国のローカル通貨は、国際的な流通性がないだけではなく、自国の国内でも流動性が低いことがほとんどである。調達するための金利が2桁になるようなこともザラで、対ドル、対円で大きく変動するのに為替リスクヘッジの手段もない。

(2)あてにならない決算書
 新興国企業の決算書は、実態を映していないものが多くある。会社によっては5種類もの決算書を用意しており、最も実態を反映しているのが株主用の決算書。そして、不都合な債権・債務、関連会社取引が意図的に隠されている合弁相手向けの決算書。金融機関向けの決算書は利益が過大になっており、税務当局向けは逆に利益が過小になっている。従業員向けの決算書では業績が堅調に伸びていることになっている。このようなことは、日本企業が集積しているタイやインドネシア、そしてインドでも多く見られることだ。

(3)複雑な税務
 新興国では総じて税務が複雑で、特に間接税は、モノやサービスの種類によって税率が異なっていて、仕入税額控除もできるものとできないものがある。中央政府だけではなく州政府や市レベルでも課税をするために税金は混沌をきわめている。その結果、たとえば日本で10種類の税金を納めているメーカーが同じ事業をインドで展開する場合は59種類、ブラジルでは65種類もの税金を支払うことになる。この厄介な税金は二国間FTA(自由貿易協定)やASEAN経済共同体などの地域EPA(経済連携協定)の拡大に伴い、徴税し難くなる関税に代わる歳入確保手段として、新興国ではさらに重く、複雑なものになる可能性があるのだ。

(4)難しい労務管理
 新興国には、過度に労働者の権利が保護され、簡単に雇用調整ができないような硬直的な労働法も多く、労務管理は非常に困難なものになっている。また賃金の上昇ピッチも激しく、年率で15~20%のベースアップという賃金相場に置いてきぼりにされないだけの企業利益を上げていく必要がある。これらは日本とはまったく違う経営環境だろう。

(5)異質な物流事情
 物流コストや時間についても、日本とは感覚が異なる。たとえばサブサハラ・アフリカでは「ロードハラスメント」とでも呼びたいことが平然と行われている。つまり、幹線道路において、警察、税関、憲兵隊、出入国管理局、森林保護局、地方政府などが群がるようにコントロールと称してトラックを止め、領収書のない手数料を要求するのである。都市間を結ぶ往来の激しい最短コースほどよく止められ、“手数料”込みの総輸送コストも高くなり、大きく迂回したほうが早く安く着くケースすらある。これらを考慮してサプライチェーン上の各工程をどの場所に置くのか、在庫をどこに持つのかが大きな問題になっている。アフリカだけではなく、インドやブラジルでも物流は単なるコストではなく、戦略として取り組むべき大きな課題だ。

 

ここで挙げた事例は日本から見ると特殊な世界かもしれない。しかし新興国ではどこも大同小異のことで、たとえばインドビジネスを経験した人がブラジルに行っても、扱う税金の種類が59種類から65種類になるくらいで、それほど違和感はない。ビジネスのやり方や勘所も、だいたい同じである。

このように新興国には大きな共通点がいくつもあるので、それに対応できる組織能力を企業が獲得できているか否かが、どの新興国でビジネスをするにせよ、成否を分けるのである。

イラク復興需要ビジネスやモザンビークなどアフリカにおける資源ビジネスについて協議することが増加しているドバイ。中東・北アフリカの統括拠点として活況を取り戻しつつある。(写真:筆者提供)
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