次世代医療社会で日本企業が
メインプレーヤーになるために 松尾 淳 × 長川 知太郎 デロイト トーマツ コンサルティング パートナー

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既存プレーヤーへの提言

(1)政府
 ここからは、日本の医療関連企業がグローバルに活躍するための各方面へ向けての提言である。先ほど医局の壁を取り払うのは厚生労働省にしかできないと述べたが、こと国際競争力を有するような医療関連産業のあるべき姿の提言、および実現に関しては、政府の果たすべき役割は大きい。

まずは「未来型の医療サービスはかくあるべし」というビッグピクチャーを描く必要がある。病気になってしまってからの治療についてだけでなく、予防や予後のケアなど、大きな一連の流れにおいて横連携を促進するような働きかけを厚生労働省には期待したい。そこには従来の医療機関のみならず、もっと幅広い分野から新しいプレーヤーが登場するはずだ。もしかしたら食品メーカーと製薬会社が連携すれば、「あなたの遺伝子情報や病歴を見ると、こういう病気の罹患率が高そうだから、日々こういうものを食べていれば健康でいられますよ」というような指導ができるかもしれない。「医療機器」「医薬品」といったカテゴリーにとらわれず、患者ニーズから考えたトータルな医療サービスとして一気通貫の世界を描くことは厚生労働省しかできないことだ。

(2)病院
 一方で病院関係者の方々への提言としては、ドクターのグローバル化を推進していただきたい。外国人ドクターやドクターの卵を日本の病院や教育機関でも受け入れ、自国に戻った際、日本の医療サービス展開の一助となってもらうことに取り組んでいただくことも、日本の医療サービスのクオリティの高さを知らしめる上では非常に大事な取り組みと考える。

(3)医療機器メーカー・製薬企業

a.リスクテイクについて
 われわれが医療関連企業の方によく申し上げるのは、「リスクを恐れずに、新たなチャレンジをしてください」ということだ。日本企業は新しいテクノロジーに対しての先行投資をもっと積極的に行う必要がある。もしその投資対象が次世代の医療社会を形づくる要素の1つとして生きてくれば、勝ち組として生き残れるからだ。たとえば京都大学の山中伸弥教授のノーベル賞受賞で話題となった再生医療技術は、日本がグローバルをリードしながら、ようやく一部実用化の端緒にたどり着きつつある技術分野である。今のうちにさらなる投資を行い、その分野でナンバーワンとしての地位を確固たるものにしておかないと、いざそれが業界のスタンダードになったとき、またしても他国の後塵を拝してしまうだろう。

外資のグローバル企業は、すでに治療を目的としたワクチンや予後のサービス事業の開発に力を入れるなど、アクションを起こしている。日本企業もワクチンを手掛けているが、三種混合や四種混合、はしかなど、予防接種の需要があるトラディショナルなものが中心だ。しかし欧米の企業は治療用ワクチンに対しての投資を積極的に行っているのが違うところである。

b. 産学連携について
  次世代技術への先行投資においては、アカデミアとビジネスの世界をつなげる必要がある。産学連携という掛け声はあるものの、それが実際にグローバルなビジネスとして成功するようなモデルはまだ実現できていない状況だ。

c. パーソナライズド・メディスンについて
  冒頭で述べたように、本格的なパーソナライズド・メディスン時代の到来に備える必要がある。パーソナライズド・メディスン化が進むと何が起きるか。 まず1製品当たりの売上額が減る。なぜならば限られた患者にしか売れないからである。その一方で、限られた患者に対してアクセスするためのコストは、それなりにかかる。したがって製品1つ当たりから得られる収益が薄くなっていき、今まで20%前後を誇っていた製薬メーカーの収益率も、今後は下がっていく可能性が濃厚である。

d. バリューチェーンの組み替えについて
  おそらく今後は業界のバリューチェーンも変わっていく。たとえば病院に通って製品の説明をするMR(医薬情報担当者)が不要とされる時代になるかもしれない。いまや薬を開発して世の中に送り出した段階で、効く人もわかっているし、どれくらい効くかもわかっている。それだけでなく、「いかに少量かつ安価で効くか」というような、いわば経済性の評価も審査の段階で証明しないといけないとなると、その薬のよさは世の中に出た時点で、もうすでに証明されている。ということはわざわざMRが医師のところにエビデンスを持って説明に行かなくてもいいということになる可能性がある。その結果、製薬企業のバリューチェーンのあり方が変わるだろう。今まではコマーシャルの部分にかかっていた人とお金をR&Dのほうに回すようになるかもしれない。

特に若い世代のドクターを中心に、「いちいち説明されなくても、ネットなり資料なりを見ればわかるから、MRの訪問を受ける時間が無駄だ」という発想に変わってくるだろう。MRが医療従事者を訪問して「先生、いい薬が出たので買ってくださいよ」という営業一辺倒の世界から、マルチチャネルのアプローチに変わりつつあることは知っておくべきだろう。

実際にMRなしで製品のプロモーションをしようとすれば、製品自体の説得力が大事になる。医師がたとえばインターネットで製品のエビデンスデータなどを見たとき、明らかに既存品と比べて優位であるとわかるとか、「こういう患者についてはこう効く」ということがわかるようなエビデンスデータを事前に揃えておくことが大事になる。ということは先に述べたように、開発のごく初期の段階からマーケティングなど他部門との連携が必要になるということだ。薬の作り方、プロモーションの仕方が大きく変わるにつれ、組織も変わっていかざるをえない。

e. 患者団体への対応について
 今後は、今まで接触のなかった患者団体などとの連携も考えていく必要がある。欧米の製薬企業のなかには、患者団体をNPO化するお手伝いをしたりして、そこから患者の生の声が上がってくる仕組みをつくるという試みをしている会社もある。このような試みは日本企業も積極的に取り組む価値があるだろう。

デバイス・ラグとかドラッグ・ラグという言葉があるように、日本は新製品の開発から承認までの期間が欧米に比べて非常に長い。特に希少疾患の場合、海外では承認されているけど日本ではまだ承認されていない薬が使えるようになるのを待っている患者の声には切実なものがある。そのような患者の声を厚生労働省に届けることは、早期の承認を促したい製薬企業にとっても有利に働く。患者団体は活動資金の確保や情報格差に悩んでいることが多い。そこを企業側がバックアップする。このような連携は双方の利害が一致する、無理のない仕組みだといえる。

新しいプレーヤーへの提言

先ほど政府への提言で述べたとおり、次世代の医療社会のプレーヤーは、従来の医療機器メーカーや製薬会社に限らない。ソニー、キヤノン、パナソニックなど、ほかの業界から医療分野に参入する動きが相次いでいる。たとえば最近では、ソニーはオリンパスとの提携を発表し、医療事業の売上高を2020年に2000億円以上にする方針を表明している。グローバルで強いブランドを持っている企業は、新規参入の局面でも有利であるといえよう。

医療は今後明らかに大きく伸びる分野である。日本の従来の企業が変化に立ち遅れている今、他業界からの参入にも大きなチャンスはある。日本の各産業界の技術や叡智を集結し、国や医療機関、大学とも柔軟に連携していく、こうした動きが活性化すれば、グローバルにおける日本企業の医療・医薬分野の存在感が大きくなる日、そして、世界中の人々の健康不安を日本発の技術や医療モデルで一掃できる日も近いのではなかろうか。