「タレには醤油や砂糖とか使われていますよね。煮詰めて寝かす時間はどのくらいですか」
と投げかけると、「秘伝なので」と口を濁す。「醤油のこだわりのメーカーなどありますか」と角度を変えて聞いてみても、「秘伝なので」。どの質問も、柔らかく同じ言葉で跳ね返された。
これ以上タレの詳細は聞けなかったが、わかったことがある。タレの作り方は創業時からいる従業員と、もう一人しか知らない。
「コカ・コーラさんみたいな感じで、配合を知っている人は世界に2人ぐらいって言っておいていただけると夢があるんですが」
長瀬さんは、そう冗談まじりに付け加えた。
タレは専用施設の限られた場所で調合され、瓶詰めにして全国・海外の全店舗に送り届けられる。各店舗でタレを作ることはしない。だから、どの店で食べても「同じ味」が出せるのだ。
もう一つ、天丼に欠かせないのが油である。重要なものは油だ。金子半之助は江戸前天ぷらの流儀に従い、ごま油を使う。
「関西では少ないと思いますが、ごま油を使うと揚げ色の濃さとうま味の深さが生まれます」
使うのはごま油と別の油のブレンドで、配合比率は料理によって変えている。タレをかけて食べる天丼と、天つゆにつけて食べる天ぷらでは、ごま油の効かせ方が違うのだという。
どんぶりにはタレの甘辛さに負けない風味が必要で、天ぷら定食には素材の味を引き立てる繊細さが求められる。同じ「金子半之助の天ぷら」でも、メニューによって油の役割が変わる。そこまで計算されている。
タレと油、二つの秘伝が、全店の味を支える土台となっている。
暗黙知を、徹底的に言語化する
天ぷらを揚げる鍋は茶色い銅鍋をイメージしていた。しかし、意外な返事が返ってきた。
「銅鍋ではなく、金子半之助の特注です。大きさは幅約70cm・深さ30cmと大きいんです。温度が安定しやすいIHを利用していて、大量の油を高温でキープし続けるのに最適なんです。IHだから火災のリスクも防げますし」

