先頭の「デッキ」が大迫力、旧型電気機関車の記憶 国鉄時代に活躍、戦前や終戦直後生まれの「古豪」

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EF57 東北本線 普通客レ
EF57形電気機関車が牽引して東北本線の蒲須坂付近を走る上野行き普通列車。先頭部の「デッキ」が迫力ある外観だ(撮影:南正時)

電化区間で客車や貨物列車の先頭に立って活躍する電気機関車。今ではスマートな箱型の車体を思い浮かべる人が多いだろう。だが、戦前から戦後すぐの時期までは、先頭に手すりの付いた「デッキ」を備えた形がほとんどだった。

旧型の電気機関車は動輪の前に「先輪」と呼ばれる車輪があるのが一般的で、その上にデッキを設けたスタイルが多く、これが運転室の出入口にもなっていた。迫力ある外観は、後年の近代的な電気機関車とは異なる勇壮な魅力があった。

今回は「デッキ付き電気機関車」の時代を振り返ってみたい。

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輸入から始まった電気機関車の歴史

日本の本格的な電気機関車時代の始まりは大正時代の末期である。東海道本線の電化によって本格的な電気機関車が必要になるため、当時の鉄道省(国鉄)はヨーロッパやアメリカから輸入して技術の導入を図った。それらの多くは、車体の前面にデッキのある形態だった。これらを参考に、昭和時代に入ると国産機が開発されることになる。

【写真】東北本線で急行「津軽」や「十和田」を牽引した豪快なスタイルのEF57形、青梅線で長く活躍したED16形、上越線の主だったEF15形・EF16形など、国鉄時代に活躍した「デッキ付き」の旧型電気機関車たち。デッキ付きだった時代のEF58形や、昭和20年代の東海道本線を走るEF53形などの珍しい写真も

当時輸入されたものでは、1923年にアメリカから輸入されたGE(ゼネラル・エレクトリック)製のED11形や、次いで輸入されたED14形などが知られる。いずれも後に国鉄から私鉄に譲渡され、ED14形は比較的近年まで近江鉄道(滋賀県)に残っていた。

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