科学とアートの両面で伝わる環境課題の臨場感 フランス発・海洋探査船に「芸術家」が乗るなぜ

科学者だけでなく「芸術家」も科学探査船に乗る理由
――ファッションブランド「アニエスベー」の創設者らが設立したタラ オセアン財団が運営する科学探査船「タラ号」は、どのような活動を行っているのでしょうか?
パトゥイエ 由美子氏(以下、パトゥイエ) タラ号は、海洋研究と海洋保全のために世界中の海を探査する全長36m・16名乗りの帆船です。国際的な研究機関などと共同で、20年以上にわたり、気候変動やマイクロプラスチック汚染、サンゴ礁の生態系などを調査してきました。船員と科学者に加え、アーティストも乗船するのが特徴のひとつです。
瀧 靖之氏(以下、瀧) そこが、とてもユニークです。どんな狙いがありますか?
パトゥイエ 環境課題の解決には、科学的な知見が欠かせません。一方で、アートを通して人々の心に訴えかけ、行動へとつなげることも非常に重要だと考えています。
瀧 脳科学的にも、人は理論だけではなかなか動きません。感情が揺さぶられたり、自分ごとに捉えたりすることでこそ、行動変容が起きる。それを踏まえると、とても理にかなっています。
パトゥイエ 科学者とアーティストが一緒に過ごすことで、さまざまなシナジーも生まれます。例えば海底の生態系の調査を行ったある科学者は、アーティストから「生態系を風景のように捉えてみたら面白そう」と言われ、今までとは違う視点で生態系を捉えられるようになったと話していました。かつての大航海時代に科学者と芸術家の境界がなかったように、両者の好奇心は根源的につながっているのでしょう。
一般社団法人タラ オセアン ジャパン 事務局長
大学3年時にフランスへ留学。帰国後はフランス企業の日本支社数社で勤務。フランス大手化粧品会社の日本支社で管理部門管理職を約17年、フランス中小企業の日本子会社代表を1年務めた後、社会課題、特に地球温暖化問題の改善に少しでも貢献できる仕事を志し、2019年3月より現職
瀧 科学者とアーティストは相性がいいと感じます。脳が「美しい」と感じるのは、芸術や自然に触れたときだけではありません。例えば、数学の証明問題を最小限の式で解くときなど、数式や論理からも美しさを感じることがあって、実際に脳内では同じような働きが起こります。分野を超えて共通する美しさのようなものが、あるのでしょうね。
そのためか、科学者とアーティストを行き来するような人も少なくありません。例えば、医者でありつつ、絵を描くことが好きだったり。
パトゥイエ まさにタラ号に乗船した科学者の中には、現在アーティストとして活動する方がいます。科学者もアーティストも好奇心が強く、関心を持ったことをとことん追求し、表現しようとする点が共通していると感じます。
「美意識」が、環境課題に向き合う大きな力に
瀧 人が困難を乗り越えてでも前に進みたいと思うとき、その原動力となるのが知的好奇心です。そして私は、その知的好奇心の根源にあるのが、美意識だと考えています。
人でも、音楽でも、風景でも、数式でも、美しいものを知ることで、もっと知りたい、近づきたい、体験したいという気持ちが湧き上がります。美意識に支えられた知的好奇心が、学業でも、仕事でも、そして環境課題に向き合うことでも推進力になります。
医師・医学博士/東北大学加齢医学研究所 教授/CogSmart代表取締役 CSO
東北大学加齢医学研究所および東北メディカル・メガバンク機構で脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達、加齢のメカニズムを明らかにする研究者として活躍。読影や解析をした脳MRIはこれまでに約16万人分に上る。2019年に東北大学発の医療テクノロジー系スタートアップ企業CogSmartを創業
――そうした美意識は、どのように育まれるのでしょうか?
瀧 例えば左右対称の形や、美しい風景、長く愛されてきた絵画や音楽など、多くの人の脳に共通する普遍的な美しさ=ユニバーサルビューティが備わっているのかもしれません。この普遍的な美の感覚を土台に、実体験を重ねることで美の引き出しが開いていく。特に重要なのは、五感を解放する自然体験です。理性で感情を抑え込む日常から離れ、自然を感じる体験は、一生ものの探究心へつながっていきます。
脳には可塑性(変化する性質)があるため、何歳からでも美意識は育めます。ただ、すでにできあがった価値観の上に重ねるより、人生の初期に根源的なものとして置かれるほうが、影響は当然大きいです。子どもの頃に美を感じれば感じるほど、それが知的好奇心へとつながり、人生を動かす原動力になることを、私は強く実感しています。
パトゥイエ タラ オセアンでも、海を守るメッセージを込めたポスターを子どもたちから募る「タラ号ポスターコンクール」を毎年開催しています。入賞作品はアニエスベーの店舗などで展示するほか、応募した子どもと保護者を、瀬戸内海の粟島(香川県三豊市)で行う海洋環境合宿に招待しています。
合宿で体験してもらうのが、ビーチクリーンやマイクロプラスチックの採集といった、海洋保全に関わる活動です。あわせて、プランクトンの映像を観賞しその美しさを知ってもらいながら、生態系におけるプランクトンの役割や、藻場などのブルーカーボン生態系がCO2を吸収し、酸素を生成することを、光合成の実験を通して実感してもらったりもします。
そのほか、標高約230mの小さな山ですが、頂上から360度の景色が望める城山に登り、瀬戸内海の息をのむような多島美を体感してもらうプログラムもあります。風景の美しさが子どもに響くのか、心配もありましたが、合宿後のアンケートでは「本当にきれいで感動した」「テーマパークより楽しかった」といった声も多く寄せられています。
瀧 美しい自然に心を動かされる体験は、美意識を育むことに加え、その環境を守りたいという気持ちを自然と芽生えさせることにもつながり、すばらしいプログラムだと感じました。
動き続けることで、自己効力感が芽生える
パトゥイエ 合宿では、自分たちの頭で考えて行動するための“遊び”や“余白”を設けるようにもしています。例えば、山の上からの風景を絵に描くとき、子どもによってはそこで捕れた虫や、おやつに食べておいしさに感動した地元のみかんをデッサンしたりする。
ビーチクリーンの際にも、浜辺で何もせずにのんびりする時間を設けています。机の上でいくら学んでも、思い入れがなければ自然を守りたいという気持ちにはなかなかなりません。だからこそ、美しかった、楽しかった、思い出になったと感じられる体験を通して、“自分ごと”になってもらうことを目指しています。
瀧 楽しくて、学びにもなる。まさに、子どもたちの人生を変えるかもしれない体験をご提供されているのですね。
――気候変動に向き合うにあたって、子どもや社会に伝えたいことは?
パトゥイエ 「行動し続けること」の大切さです。個人でできることの小ささを考えると悲しくもなりかねませんが、私たち一人ひとりの力は微力ではありつつ、決して無力ではありません。一人ひとりの力は小さくても、日常の小さな一歩を積み重ねたり、ポスターを描いて多くの人に見てもらうことが、大きなうねりになると信じています。
瀧 動かなければ、何も変わらない。しかし、小さなことでも自ら動いて、それを積み重ねれば、やがて大きな力になる。そして、「自分が動いたことで何かが変わった」という実感は、自己効力感をもたらします。自己効力感は、子どもにとっても、大人にとっても、日々を支えるとても大事な感覚です。
なお、子どもの知的好奇心を伸ばすには、保護者自身が知的好奇心を持つことも大切になります。子どもの多くの能力は、身近な人の模倣から育つので、やはり親がワクワクしていると、子どもも自然と「知りたい」「やってみたい」と思うようになるんですよね。一方で知的好奇心は、認知症のリスクを下げる要因の1つともいわれています。したがって、親子で一緒にワクワクしながら自然に向き合うことには、計り知れない価値があると思います。
パトゥイエ たとえすぐに変わらなくても、長い人生に何か影響をもたらすような原体験を、参加者に提供できればと考えています。それこそ数十年後、タラ号に乗船した科学者やアーティストに、「実は子ども時代に粟島の合宿に参加したことがあって、あの体験が今の活動の原点になっています」なんて言われたら、感無量で泣いてしまうかもしれません(笑)。





















