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東京から来たという男性は、広島出張のついでに立ち寄ったのだと言った。
東京から来た客が探す「10年前に飲んだ酒」
「10年くらい前かな、東京の居酒屋で『夜の帝王』っていう日本酒を飲んだんです。飲んだのは一度だけだったけど、名前のインパクトもあって忘れられなくてね。その酒を造っている蔵が竹原市にあると聞いたので、土産を買いに来ました」
筆者はその言葉に驚いた。10年もの間、記憶に残り続ける酒がどれだけあるだろうか。
何種類かの酒を試飲した男性は、「うわぁ、これは……」とつぶやく。ところが、土産に選んだのは、10年忘れられなかった「夜の帝王」ではなく、主力ブランドの「龍勢(りゅうせい)」だった。
筆者も初めて龍勢を飲んだとき、なぜもっと早くに知らなかったのかと悔やんだ。スッキリとした酒を華やかなトランペットにたとえるなら、龍勢はいくつもの楽器の音から成るオーケストラか。さまざまな旨味が複雑に、しかし調和を持って押し寄せてくる。
龍勢は、広島県にある藤井酒造が、昔ながらの「生酛(きもと)造り」で醸している酒だ。
藤井酒造は年600石(1石は180リットル)を製造しており、直近の売り上げは約2億円。業界では小さな蔵の部類に入る。その蔵が2023年、すべての酒を生酛造りに切り替えた。
生酛造りは、江戸時代に起源を持つ昔ながらの製法で、仕込みにかかる時間と手間が通常の倍になる。日本酒全体に占める生酛の割合は、約2%にすぎない。


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