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「10年前飲んだ酒が忘れられない」と東京から客が…かつて「日本一」に輝いた酒蔵が今「労力が倍」な昔の酒造りに賭けたワケ

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藤井酒造
藤井酒造の事務所となっている建物は、大正期のものだという(写真:筆者撮影)
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それでも、3年から5年は外で働いてから戻ろうと決めた。競争が少ない日本酒業界で、自分の視野を狭めないようにするためだ。

2009年に帰国して入社したのは、東京のマーケティング会社だった。当時広がり始めていたクレド経営に力を入れ、社会貢献を重視していたことに惹かれたという。

義大さんの母・藤井啓子(ひろこ)さんは、酒蔵交流館の女将として、酒器や食器などの買い付けやコーディネートを担っている。食器を目当てに足しげく通う常連客もいるそうだ(写真:筆者撮影)

6代目が初めて日本酒に惚れた瞬間

2013年、義大さんは家業に入った。このとき義大さんは、日本酒を単に「日本人に誇りを持ってもらう」ためのツールだと考えていた。

「実は、日本酒そのものをおいしいと思ったことがなかったんです。カリフォルニアでよく飲んでいたワインと比べると、日本酒は化学的で薄っぺらいと感じていました」(義大さん)

しかし、父が造った日本酒を口にした義大さんは衝撃を受けた。

父・善文さんは2008年、久しく行っていなかった「生酛(きもと)造り」を再開している。海外で評価を得た翌年のことだ。「世の中にない酒」なら売りやすいだろうと、実験的に造ってみた酒だった。

藤井酒造5代目・代表取締役会長の藤井善文さん(画像提供:藤井酒造)

100年以上の歴史がある酒米「雄町」の米を40%まで磨き、生酛造りで仕込んで熟成させたその酒は、ワインに似た複雑な味わいを持っていた。

生酛造りとは、日本酒のもととなる「酒母」を作る際の昔ながらの手法だ。

日本酒は、酵母が米のデンプンをアルコールに変えることで造られる。酵母を増やすための酒母は、酵母は生育できるが、雑菌は繁殖できない酸性にする必要がある。このとき、蔵の空気中にいる自然の乳酸菌に乳酸を作らせる手法が生酛造りだ。

生酛造りの際に行う「酛摺り」の作業。「山卸し」とも呼ばれる。蒸米と麴と水を丹念にすりあわせることで、空気中にいる自然の乳酸菌が働きやすい環境になる(画像提供:藤井酒造)
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