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前編では、業績不振に陥った伊勢丹松戸店を存続させるため、市が総額約21億円の支援案を示し、市議会が全会一致で退けるまでの経緯を追った。
ただし、市議会は伊勢丹の存続そのものに反対していたわけではない。その9カ月前には、「伊勢丹松戸店を支援する決議」を全会一致で可決し、市議会として存続を後押しする意思を示していた。反対したのは、あくまで市が示した売り場の借り上げ案だった。
では、松戸市はなぜ税金を投入してまで、伊勢丹松戸店の存続を支援しようとしたのか。
その理由をたどると、1968年に市がまとめた一冊の調査報告書に行き着く。そこには、松戸を周辺地域から買い物客が集まる「消費センター」へ成長させ、その核として百貨店を誘致する構想が記されていた。
①「船橋には百貨店ができるのに、松戸にはない」
1968年、松戸市は『松戸市広域商業診断報告書』をまとめた。市内の商業の実態を分析し、今後の方向性を示した調査報告書である。そこには、当時の松戸市の課題が率直に記されていた。
「船橋駅前に近く百貨店を開設するが、松戸市には対抗的なケースの店がない」
「松戸の人が逆に柏や北千住へ買物に行く人があることは何等かの形に於て当地商店街の自省する原因があるものと思はれる」
報告書は駅前の環境にも厳しい評価を下している。駅前広場は狭く、歩道やアーケードも整備されていない。同規模の都市と比べ、「駅前広場の貧弱と当市の都市的商店街の遅れが余りにも甚しい格差」があると指摘していた。

