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ライフ #百貨店消滅タウン

「船橋にはあるのにうちにはない」と百貨店を誘致、大松戸市を目指すも失敗…「千葉のベッドタウン」が迎えた"皮肉な結末"

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「プラーレ松戸」
松戸の「消費センター」化が失敗した理由とは?(写真:筆者撮影)
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駅西口にあった商業施設「アーバンヒル松戸」跡地。現在はマンションに(写真:筆者撮影)

⑤改装するたびに売り上げは戻り、そのたびに客は柏へ流れた

しかし、伊勢丹松戸店も手をこまねいていたわけではない。むしろ、何度も改装を重ねながら立て直しを図っている。

1982年3月には全館リモデルを実施し、「都市型の高感度百貨店」を掲げてファッションを強化した。当時の鈴木祥三店長は業界誌『激流』(1982年4月)のインタビューで、「商圏は開店当初の4キロ圏から2キロ圏まで狭まっている」と語っている。

競合として意識していたのは、駅前の量販店ではなく柏高島屋や都心の百貨店だった。

改装の効果は数字にも表れた。1982年度の売上高は前年比113.7%。1986年に食品売り場をセルフ方式へ改装すると食品部門の売り上げは約3割伸び、1990年度には初めて売上高300億円を突破した。

しかし、そのたびに競合も動く。1992年には柏高島屋が増床し、伊勢丹松戸店長は業界誌で、「主力商品の展開面積が柏の2店舗(高島屋・そごう)の50%以下となり、30〜40代前半のリード顧客が流出した」と振り返っている。(『激流』1995年12月)

伊勢丹も1995年、約70億円を投じて新館を増築した。翌1996年には売上高が330億円台と過去最高を記録。しかし、その後は減少に転じ、2008年以降は赤字が続いた。2016年度の売上高は181億円と、ピーク時の約55%まで落ち込んでいる。

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