「スーパーより価格が高い」「都心の百貨店より品揃えが少ない」…埼玉にある「百貨店が消えた街」衰退の悲しき顛末

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春日部駅の駅名標
かつて春日部市に存在した百貨店は、なぜ消滅してしまったのか?(写真:筆者撮影)
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かつて百貨店は「特別な場所」だった。家族と過ごす休日、背伸びをして選ぶ贈答品。屋上やレストラン街には、地域の憧れと活気が凝縮されていた。しかし今、多くの街からその姿が消えつつある――。
本連載では、百貨店が消滅した街を歩きながら、「なぜ消えたのか?」を街ごとに分析していく。第2回は埼玉県春日部市。百貨店空白地帯に満を持して出店された百貨店は、なぜなくなってしまったのか……。

「百貨店の空白地帯」に現れたアメリカ生まれの百貨店

百貨店が消滅したと聞くと、複数あった店舗が消費者を奪い合い、共倒れの形で次々と閉まっていったのかと思いがちだ。しかし春日部市にあった百貨店はたった1店舗。西武百貨店春日部店、その前身はロビンソン百貨店だ。1985年に開業し、2013年に西武へ転換、2016年に閉店した。

ロビンソン百貨店はイトーヨーカ堂が全額出資し、昭和59年(1984年)に設立したロビンソン・ジャパンの日本1号店。イトーヨーカ堂がこの事業に踏み切った動機は「セブンイレブン・デニーズを成功させた。百貨店だけがまだやっていない」という判断からだった。小売業利益日本一の会社が、唯一手をつけていなかった業態に挑んだ形だ。

春日部が選ばれた理由は「百貨店の空白地帯」だったから。首都圏の中でも比較的人口密度が低く、周辺に農地が広がるこのエリアに可能性を見いだした。出店方針は「春日部に銀座を持ってきても意味がない」というもので、都心の模倣ではなく、地方に根ざした郊外型百貨店を目指していた。

価格帯についても既存の百貨店との差別化を打ち出した。鈴木敏文副社長(当時)は、「日本の百貨店はプライスゾーンが高すぎる。ミディアムプライスの店があってもいいのではないかというのが、わが社の発想だった」(『激流』国際商業出版、1986-02)と語っている。

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