開業時から「ヨーカドーで買えるものしかない」と言われていた…埼玉にある「百貨店が根付かなかった街」の本質理由

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春日部
なぜ、春日部で唯一の百貨店は、赤字に陥り、閉店となってしまったのか。なお、写真は西口の様子(写真:筆者撮影)
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かつて百貨店は「特別な場所」だった。家族と過ごす休日、背伸びをして選ぶ贈答品。屋上やレストラン街には、地域の憧れと活気が凝縮されていた。しかし今、多くの街からその姿が消えつつある――。
本連載では、百貨店が消滅した街を歩きながら、「なぜ消えたのか?」を街ごとに分析していく。第2回は埼玉県春日部市。百貨店空白地帯に満を持して出店したはずだったが、致命的なマーケティングミスにより、需要のない空白を埋めようとした百貨店の末路とは(前編はこちら)。

かつて春日部にあったロビンソン百貨店。イトーヨーカ堂が全額出資し、昭和59年(1984年)に設立したロビンソン・ジャパンの日本1号店だった。

「セブンイレブン・デニーズを成功させた。百貨店だけがまだやっていない」との動機から百貨店事業に乗り出したイトーヨーカ堂。春日部が選ばれたのは「百貨店の空白地帯」だったからであり、首都圏の中でも比較的人口密度が低く、周辺に農地が広がるこのエリアに可能性が見いだされた。

しかし、そこには致命的なマーケティングミスがあった。春日部に住んでいたのは、購買力のある成熟した団塊世代ではなく、住宅ローンを抱えた若い家族だったのだ。

開業日に8万人。しかし「成功」の中身は何だったのか

開業日の来場者は8万人。7階のレストランフロアは大いににぎわい、夜10時まで営業が続いた。顧客の声として記録されているのは、「お肉、お魚に良いものがあって嬉しい」というものだ。百貨店でありながら、来店客の多くは普段着で訪れ、日用品を買って帰るという使い方だった。

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