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ライフ #百貨店消滅タウン

「船橋にはあるのにうちにはない」と百貨店を誘致、大松戸市を目指すも失敗…「千葉のベッドタウン」が迎えた"皮肉な結末"

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「プラーレ松戸」
松戸の「消費センター」化が失敗した理由とは?(写真:筆者撮影)
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松戸市が百貨店を必要としていたことは確かだが、「伊勢丹松戸店」の誕生は、市の意向だけで決まったものではなかった。

かつて「伊勢丹通り」と呼ばれた通りの先に、伊勢丹跡地のビルが見える。オープン時は約3000人もの人々が列を作ったという(写真:筆者撮影)

③開店日は大盛況、しかし「好きな百貨店」は7位

1974年4月19日、伊勢丹松戸店が開店した。伊勢丹の社史は、その日の様子を次のように記している。

「開店当日は、午前10時30分、3000人の顧客が見守るなかで、友納千葉県知事夫人、宮間松戸市長らの手によりテープカットが行なわれ、店内は終日満員の顧客でにぎわった」

開店に向けては、全社員が手分けして市内約8万世帯を訪問した。店舗は地上11階建て、売場面積は1万9241平方メートル。当時、東京以北でも最大級の規模を誇る百貨店だった。

一方で、開店の半年前に行われた調査では、異なる結果が出ている。

1973年8月、伊勢丹は地元で個別訪問によるアンケートを実施した。その結果、「好きな百貨店」は7位。伊勢丹のイメージは「都会的な反面、あまり親しみやすくない」だった。社史も、この結果について「松戸周辺での知名度はまだまだ低かった」と分析している。

しかも、競争環境は厳しかった。開店前年には、隣の柏市ですでにそごう柏店(1973年10月)と柏高島屋(同年11月)が相次いで開店していた。さらに石油危機後の消費低迷も重なり、伊勢丹の社史は「必ずしも順調な出発とはいえなかった」と振り返っている。

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