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ライフ #街とラーメン

「昔は駅がなかった」「高田馬場から10分かかる」のにずっとラーメン激戦区…早稲田生と共に育った「西早稲田」の特異な歴史

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西早稲田駅
なぜ西早稲田はラーメン激戦区になったのか(写真:筆者撮影)
  • 井手隊長 ラーメンライター/ミュージシャン

INDEX

あの街は、なぜラーメン激戦区になったのか。調べてみると、そこには様々な偶然や巡り合わせがあるものだ。
ラーメンライターの井手隊長が、様々な老舗店、有名店の店主らに話を聞きながら、「街のラーメン史」をたどる連載。第2回は「西早稲田」を取り上げる。

ラーメン激戦区と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは駅前だろう。人が集まり、飲食店が集まり、その中で競争が生まれる。しかし東京には少し不思議な激戦区がある。西早稲田だ。

高田馬場駅からも早稲田駅からも徒歩10分前後。場所によっては15分近く歩く。決してアクセスが良いとは言えない。それにもかかわらず、このエリアには長年にわたり有名ラーメン店が集まり続けてきた。

なぜ西早稲田は激戦区になったのか。その歴史を振り返ると、そこには早稲田大学の学生文化と、それを受け止めた店主たちの挑戦が見えてくる。

西早稲田駅開業前から存在していた独特のラーメン文化

現在の西早稲田駅が開業したのは2008年。東京メトロ副都心線の開通によって誕生した比較的新しい駅だ。

現在も元気に営業を続ける「えぞ菊 戸塚店」(写真:筆者撮影)

だが、このエリアのラーメン文化はそれ以前から存在していた。古くから「えぞ菊」が2店舗あり、「元祖一条流がんこ」「一風堂」「天下一品」「ティーヌン」などの人気店も並んでいた。

「一風堂 高田馬場店」は8月に高田馬場内で移転予定(写真:筆者撮影)
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