西早稲田と聞くと駅前の諏訪町交差点周辺をイメージする人もいるかもしれない。しかし実際にラーメン店が集積していたのは、早稲田通り沿いの「馬場口」交差点周辺だった。それはなぜか。
背景にあったのは、早稲田大学独特の文化である。それが「馬場歩き」だ。授業が終わると、学生たちは早稲田キャンパスから高田馬場駅まで仲間とだらだら歩く。途中で居酒屋に入り、ラーメンを食べ、また歩く。
この文化について、「渡なべ」の店主・渡辺樹庵さんはこう振り返る。
「この辺りが栄えたのは歩いて通う早稲田生のおかげなんじゃないかな。西早稲田駅なんてなかったわけだから」
駅前立地に頼らなくても人が流れる。それが西早稲田という街の強さだった。
西早稲田のイメージを大きく変えた「渡なべ」
そんな西早稲田に大きな転機が訪れたのは、00年4月。「渡なべ」のオープンである。
私は当時、早稲田大学の2年生で、開店から数日後には店を訪れている。その衝撃は今でも忘れられない。
当時の高田馬場・早稲田界隈のラーメン店といえば、学生街らしい大衆的な店が中心だった。そんな中で現れた「渡なべ」は異質だった。黒を基調にしたシックな内装。暗めの照明。そして看板にはただ「渡なべ」と書かれているだけ。学生街とは思えないほど洗練された空間だった。
なぜあの店が生まれたのか。樹庵さんは笑いながらこう語る。
「26歳だったし、本気で『僕がラーメン屋やってお客さんが来ないはずがない』と思ってたんだよね」
だから立地も気にしなかった。むしろ大通りから一本入った場所を選んだ。
「大通り沿いより、一本入ったところのほうがカッコいいと思ったので」

