08年に西早稲田駅が開業したことで、エリアの弱点だったアクセス問題はかなり改善された。街の安定感は確実に増した。
近年では駅前に「ピコピコポン」「破壊的イノベーション」など個性的な店も登場し、新陳代謝を続けている。
しかし興味深いのは、ラーメン店の中心が依然として駅前の諏訪町交差点ではなく、馬場口交差点周辺であることだ。本来なら駅前が主役になっても不思議ではない。しかし現実には違う。そこには駅がなかった時代から店を構え、街を育ててきた先駆者たちの存在がある。
「渡なべ」「麺屋 宗」「やまぐち」。彼らが築いた流れの上に、現在の西早稲田がある。
今もなお生き続ける「歩いて成立するラーメン街」
近年は学生人口の変化やガチ中華の台頭もあり、西早稲田を取り巻く環境は変わりつつある。
柳さんは「馬場歩きする学生は昔より減った印象ですね」と話す。
それでもこの街には独特の魅力が残っている。駅前立地に頼らず、人が歩き、店を巡る文化。そしてラーメンを目的に訪れる客が絶えないこと。
樹庵さんは26年以上この街で店を続けてきた。早稲田大学の学生団体からの協賛依頼だけは今でも積極的に受けているという。
「なんとなく早稲田生と一緒に生きている気持ちはあるよね」
その言葉が象徴している。
西早稲田のラーメン文化を育てたのは駅ではない。学生たちの足だった。高田馬場から早稲田へ。早稲田から高田馬場へ。だらだらと歩く「馬場歩き」の途中にあった一杯一杯が、この不思議な激戦区を作り上げたのである。
そして今もなお、西早稲田は東京でも数少ない「歩いて成立するラーメン街」として生き続けている。


