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創業者が手放したチェーンが、コロナ禍「152%成長」へ…祖父の"料理帖"を孫が継いだ天丼店「金子半之助」異色のM&Aの真相

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天丼チェーン「金子半之助」の天丼
豪快に盛り付けされる江戸前天丼(写真:オイシーズ)
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「お腹がすいている時、人はガッツリ食べたい。よし、これで行こう」

真也さんは江戸前天丼で勝負することを決めた。

そうして2010年、東京・日本橋に天ぷら専門店「金子半之助」を開店する。店名は祖父のフルネームだった。その名を冠したのは、味だけでなく、祖父が常々口にしていた「粋で豪快」という商売への思いごと引き継ぎたかったからだ。「粋」は天丼1000円前後という価格の手頃さ、「豪快」はどんぶりからはみ出す天ぷらの多さと満足度を指す。

このコンセプトは、当時の天ぷら業態の中では異色だった。手頃な価格帯の天丼は他にも存在したが、見た目の豪快さと満足感を前面に打ち出した点が差別化につながったのだ。

2026年2月21日にオープンしたインドネシア1号店になるジャカルタのイオンモールBSD CITY店。PT Arena corporationとのFC店(写真:オイシーズ)

そして、その独自性が、出店のオファーという形で表れた。国内では商業施設や不動産会社から声がかかり、アメリカや台湾など、海外からも出店の打診が寄せられるようになる。店舗は14店まで増え(2016年時点)、ブランドとしての広がりも見え始めていた。

しかし一方で、真也さんの中には別の感覚も芽生えていた。

「この先、店が増えていったときに、自分一人でこのブランドを守りきれるのか」

個人店としての成功と、組織としての成長は別物だ。味やコンセプトに自信があるからこそ、それをどう再現し続けるかという課題が現実味を帯びてくる。真也さんは徐々に壁に直面していった。

そして、同じ悩みを抱えていた中学の同級生が経営するつけ麺店チェーン「つじ田」とともにM&Aを検討し始め、2017年 、共にオイシーズの傘下に入ることになった。

なぜオイシーズは「金子半之助」を引き継いだのか。工藤社長に質問すると、「当時の社長からは、ストーリー性に価値を感じたと聞いています。『粋で豪快』というコンセプトにも」との答えが返ってきた。

観光地に客が消えた時、152%成長は始まった

M&Aでオイシーズが事業を引き継いだ後も、オイシーズは真也さんに敬意を持って接しており、関係性は途切れていない。その関係性は、コロナ禍で大きな力を発揮することになった。

「金子半之助」は観光地や商業施設への出店が多いため、外食需要の低下をまともに受けたのだ。

そのような中で、経営から退いていたはずの真也さんが「新たな施策への背中を押してくれた」と長瀬さんは振り返る。

コロナ中にヒットした中食天むす(写真:オイシーズ)

「コロナ中は、路面店も商業施設内の店もお客さんがいなくなりました。でもなんとかお客様にもう一度金子半之助の味を届けたいと思い、天むすなどの中食と百貨店やECサイトの強化を図ったんです」

少しでも需要のある方向を模索し、「自宅でも金子半之助を」という需要を掘り起こしたのだ。

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