つながりのうちには、フェイスブックやリンクトインなど、新しい形態のものもあれば、友人と食事を共にするといった、ヒトという種と同じぐらい古いものもあるが、内向的な人であろうと外向的な人であろうと、つながりは満ち足りた人生の基本だ。
私たちは、いっしょに仕事をしたり、助言を与えたり求めたり、賑(にぎ)やかなパーティに出席したり、友人と隣り合って座りながら勉強したり映画を観たりするときや、見知らぬ人と目が合って微笑(ほほえ)んだりするときでさえ、つながりの重要性を感じずにはいられない。
旧友との心地好い友愛に浸っているときには、600万年に及ぶ進化の産物を感じているのだ。
自主性のおかげで有用な人間になれる
その一方で、ヒトがサバンナで進化させたつながりへの欲求は、自主性への欲求によって補完された。その自主性への欲求は、2番目に基本的な心理的欲求であり続けている。
ここで言う「自主性」とは、自己統治すること、自分自身の欲求や好みや技能に基づいて道を選択すること、独自の決定を下すことを指す。
ヒトはつながりによって、捕食者や過酷な環境との闘いで有能になれるが、自主性のおかげで他者にとってより有用になることができる。
自分の属する集団や配偶者候補にとって価値を持つための方法が1つしかない種もある(たとえば、フンコロガシのオスが成功するか失敗するかはもっぱら、作り上げることのできる糞玉[ふんだま]の大きさで決まる)が、私たち人間は、多種多様な方法を採用して、集団の有能なメンバーや魅力的な配偶者になることができる。
遠い祖先の時代には、優れた狩猟者や採集者になろうとする人もいれば、矢作りや語り、治療、料理などで秀でようとする人もいた。
今日、自己啓発の機会の数は爆発的に増えた。私たちは自主性があれば、成功に向けた最も有望な機会と見なすものを捉える意欲が湧いて、能力を身につけやすくなる。要するに、自主性によって各自は独特で有能になるのだ。


※ログイン後、コメント入力が可能です。