給特法下の労働時間管理に一石を投じる判決だが…
2025(令和7)年3月25日、高松地裁で公立学校教員の労働問題について重要な判決が出された。市立中学教諭だった原告が香川県を被告として訴えた訴訟で、使用者が労働者を働かせることができる労働時間の原則(1日8時間・週40時間)を定めた労基法32条や、使用者が労働者に与えねばならない休憩について定めた労基法34条等に違反するとして、5万円の損害賠償支払いを命じた。
公立教員の長時間労働が問題となって久しいが、労基法違反を認め、損害賠償の支払いを命じる判決は初めてである。背景には、労基法と特例として定められた給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)が存在するのだが、この判決は給特法下の労働時間管理に一石を投じるものだ。
とはいえ、この判決は少々複雑で、判決の受け止めには誤解もあるように思う。この判決は、長時間労働や休憩の取れない働き方について広く違法と認めた判決ではないし、そもそも公立教員の長時間労働を違法として損害賠償を命じた判決は、以前から多く存在するのだ。
この判決は、教員の通常の勤務時における長時間労働等は取り上げていない。判決が違法と認定したのは、あくまで、宿泊学習とこれに関係する学年団会議という限定的な場面だ。
残念だが、この判決により、教員の通常の勤務形態について労基法違反を問える可能性が大きく拡大したと考えるのは早計だ。
自律的な判断か、指揮命令に基づいた業務か
今回の判決のように労基法違反による損害賠償請求を求める訴訟として、近時も大きく報道されたものもある。埼玉県内の公立教員が争った裁判(埼玉教員超勤訴訟)がそれで、労基法32条違反の損害賠償請求を求めて争われていた。

弁護士、日本労働弁護団常任幹事、神奈川総合法律事務所
主に労働者・労働組合の権利擁護のため活動し、特に教員の労働の問題やワークルール教育に精力的に取り組む。主な著書に『労働者が円満退職するための法律実務』(旬報社)、『#教師のバトン とはなんだったのか-教師の発信と学校の未来』『迷走する教員の働き方改革』『ブラック企業のない社会へ』(いずれも岩波ブックレット・共著)。2019年給特法改正の衆院・国会参考人
(写真:本人提供)
しかし、さいたま地裁判決(令和3年10月1日)・東京高裁判決(令和4年8月25日)では、いずれも原告の損害賠償支払いが否定され、最高裁でも教員側敗訴が確定している。
これに対して、今回の高松地裁判決は、東京高裁判決を参照しその理論的な判断枠組みを承継しつつも、結論として原告の損害賠償請求を認容した点で意義がある。
具体的には、公立教員の業務は自主的で自律的な判断に基づくものと校長の指揮命令に基づくものとが日常的に渾然一体として行われ峻別が通常困難であること、厳密な労働時間管理が困難であることが指摘され、教員の勤務実態が労基法等に違反していても、つねに国家賠償法上の違法性が認められるとは考えられないとした。
しかし、この判決では違法性が認められた。具体的にはこうだ。教員の業務には校外学習の引率業務など校長が詳細な指揮命令を発出した上で実施される業務もある。その場面では教員が自律的な判断を要する場面は少なく、校長の指揮命令に基づいて業務に従事しているといえ、労働時間の管理も容易であるとして、宿泊学習とこれに先立つ学年団会議について校長の指揮命令を認め、労基法32条違反等により3万円の損害賠償の支払いを命じた。
また、上記の宿泊学習と学年団会議の間に労基法34条が定める休憩が付与されていないと認定して違法であると認め、2万円の損害賠償支払いも命じている(合計5万円の損害賠償請求認容)。
「矛盾に満ちた」給特法下の労働時間の認定
限定的であれ、損害賠償請求を認容した本判決の意義を理解するためには、公立教員の労働時間に大きな影響を与える給特法の理解が不可欠だ。
給特法は、一定の教職調整額を支給する代わりに、時間外勤務手当等は支給しないとされ、他方、超勤4項目(校外実習等、学校行事、職員会議、非常災害等)を除き、教員に時間外労働を命じられないのが建前とされる。
しかし現実は、4項目以外の教員の時間外勤務が常態化している。この矛盾を説明するべく、行政解釈では教員が「自発」的に業務遂行しているとして、恒常的な時間外勤務を正当化し、裁判所の司法判断もこの解釈を受け入れている。
今回の判決は、この給特法下の労働時間解釈でも、校外学習等について(自発性を否定し)校長の指揮命令を認め、刑罰もある労基法違反を認定した点で、重要である。
実は、これまでも公立教員の長時間労働に対して損害賠償の支払いを命じる判決は多数存在するので、今回の判決は賠償を命じたという点では新規性はない。
例えば、新任教員の自死が長時間過重労働による精神疾患が原因だとした以下の判決が挙げられる。
ただし、これら判決で労基法違反は正面から問われていない。いずれも労基法違反が放置された結果、甚大な健康被害が出ている事案であるが、訴訟では安全配慮義務違反により健康被害等の「損害」賠償請求がなされ、賠償が命じられているのだ。
裁判の基本的ルールとて、原告が求めていない訴えを裁判所は取り上げないし、これら判決の事案では原告があえて労基法違反で損害賠償を求める必要もなかった(甚大な健康被害の「損害」賠償を求めれば足りた)。そんな背景もあり、労基法違反を認める(求めた)判決がこれまでほとんど存在しなかったのだ(埼玉教員超勤訴訟は特異な例だ)。
今回の高松地裁判決は、教員に健康被害が生じ安全配慮義務違反が問題になるケースではないのに、労基法違反を理由に損害賠償の支払いを命じたもので、給特法の矛盾に満ちた労働時間解釈を浮き彫りにする意味もある。
人権課題である公立教員の労働問題
令和5年度の教育職員の精神疾患による病気休職者数は7119人と過去最多を更新するなど、教員に甚大な健康被害が生じている。また、教員の長時間労働が放置されることも影響し、教員志望者減少も歯止めがかからない。
そんな要因の1つは、公立教員の長時間労働を生み出す給特法だ。
給特法は、労基法の「特例」として、労基法が定める長時間労働抑制の多くを適用除外とする。あらゆる職場で長時間労働抑制策のため「常識」である厳格な労働時間管理も給特法により否定される(持ち帰り残業も含む把握義務があるが、現状の在校等時間管理では労働時間管理義務は果たされていない)。どれだけ残業しても時間外勤務手当等の支払いがなされず(残業代という制裁を科すことで長時間労働を抑止するのが残業代制度の趣旨)、残業代という長時間労働抑止策もない。
労基法が抑止しようとする長時間労働は、過労死等により労働者(教員)の命と健康を蝕む重大な人権侵害である。
本来、労基法の労働時間に関するルールは「最低」基準とされ、労基法を下回る労働条件は、憲法27条2項違反の人権侵害ともなる。今回の判決が、宿泊学習などの限定的場面の労基法違反を取り上げているだけなのに、5万円の国家賠償の支払いを認めたのは、こういった労基法違反の重大性を前提にしているからだ。
労基法違反が問われなかっただけで、上記の通り、これまでも安全配慮義務違反による損害賠償の支払いを命じる判決は多数存在する。
今回の判決をも踏まえ、給特法が労基法の長時間労働抑止の制度を排除している根本的な問題が、改めて問われるべきだろう。
(注記のない写真:Ushico / PIXTA)