記事の目次
ICT教育の6つの課題
課題解決のための具体策
ICT教育によって得られるもの
まとめ

「GIGAスクール元年」とも呼ばれる2021年度のスタートに際し、萩生田光一文部科学大臣から「1人1台端末」の安全・安心な利活用に向けたメッセージ動画が配信されました。

令和3年2月萩生田文部科学大臣メッセージ「1人1台端末の安全・安心な利活用について」

 

また中央教育審議会からは、2020年代を通じて実現すべき「令和の日本型学校教育の姿」として、多様な子どもたちの可能性を引き出す個別最適な学び、協働的な学びの実現に向け、改めてICTの活用が必要不可欠であることが言及されました。

中央教育審議会「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)

 

ICT教育環境の実現に当たっては、教育委員会などの自治体や学校、教員、保護者がそれぞれの立場で抱える課題に丁寧に向き合うことが必要です。

ICT教育の6つの課題

そんなICT教育を普及・発展させるための課題として、現時点で次の6つの課題があるといいます。

 1.ビジョンや目的が明確でない
 2.自治体間の格差、学校格差が生じる
 3.教員の校務が増える
 4.教員のITリテラシーが低い
 5.子どもたちの安全性
 6.安定したネットワーク環境を保てるか

まずはそれぞれの課題について、詳しく見ていきましょう。

1.ビジョンや目的が明確でない

とくに現場では、ICT教育に対して次のような疑問が生じることがあります。

・そもそも使い方がわからない、現場への導入手順がわからない
・ICTを活用した授業風景を想像できない
・授業のどの部分でICTを活用すればいいのかわからない
・そもそもICT教育がどのようなものかわからない

枠組みとしてのICT教育に対する啓発や注目は進んでいますが、具体的なガイドラインや段階的な導入方法に関する情報がありません。そのため、現場では何から始めたらよいかわからなく途方にくれてしまうケースもあります。

こうした疑問が目の前に現れることで、ICT教育のゴール・目的があいまいになってしまうことが第1の課題です。

単にICT機器を導入することがゴールではありません。機器や通信環境の導入は目的ではなく、あくまで手段であると認識し、「何のためにICT教育を導入するのか」「中長期的な視野でどのような変化が表れるか」といったイメージを描くことが大切です。

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2.自治体間の格差、学校格差が生じる

2点目の課題は、自治体間の格差、学校格差が生じることです。

この背景には、ICT教育に積極的な自治体、学校とそうでないところに分かれることがあります。地域の人口減少などで、教育委員会や学校にITリテラシーのある関係者の数が少ないことも関係しています。

また、もし仮にITに詳しい指導主事や教員が1人いたとしても、その人に負担が集中してしまうケースもあります。これにより学校全体としてのICT教育の基盤づくりが進まず、属人化することで労務問題など別の課題にもつながります。

3.教員の校務が増える

2つ目の課題に関連して、教員の校務が増えることも課題の一つです。

ICT教育導入とは別に、現状、全国的に教員が校務の多さに悩まされています。例えば、ネットワークやOSの運用・管理・保守といった業務など、教員の視点ではさらに仕事が降りかかってくる、という見方もできなくはありません。

こうした負担が増えることで、教員が本来大切にしたい「子どもたちと向き合う時間」「授業への準備時間」がさらに減る一因にもなります。ただし、ICTという言葉のとおり、コミュニケーションのツールとしてうまく活用すれば、逆にそうした時間を増やせる可能性もあります。

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4.教員のITリテラシーが低い

教員のITリテラシーが低いと、次のような問題に直面するおそれがあります。

・ICTの活用シーンが思い浮かばない
・機器やネットワークの仕様書を理解できない
・トラブルが起きたときの解決策がわからない
・教員のみでICT教育を推進することができない
・研修など、教員同士の知識共有が起きづらい

心理的な要因も含めて、こうした問題は、そもそもICT教育の導入の大きなボトルネックになる可能性があります。また、先に挙げた自治体間の格差や属人化といった別の課題にもつながります。

教員のITリテラシー向上に当たり、研修をはじめとした教員へのサポート環境を整えることが求められています。

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5.子どもたちの安全性

学校・自宅を問わず、子どもたちがICT学習を安心安全な環境で行うことができるかも課題です。

例えば、インターネットを経由した犯罪に巻き込まれるなど、ネットリテラシーを身に付けないままICT機器を利用することが、ICT教育そのものに疑問を向けられる原因にもなります。

ただし、そうしたリスクを避けるために「タブレット端末の持ち帰り禁止」「授業以外での使用禁止」など、利用を制限することにもデメリットがあります。例えば、機器・ネットワーク利用に関する家庭間の格差や、学校から見えないところでインターネット関連のトラブルが生じることなど、別の問題についても念頭に置く必要があります。

許容できる範囲でのリスクをあらかじめ想定し、児童・生徒が生活全般の中でICTに精通することがICT教育の理想形だという前提に立つことが重要です。

6.安定したネットワーク回線を保てるか

それぞれの現場で安定したネットワーク回線を保てるかも課題です。

基本的にICT教育はインターネットに接続することが前提です。また、学習用端末からインターネットへの接続は、Wi-Fi(無線LAN)を利用するのが一般的です。

授業時には、同時に数十人が一斉にインターネットに接続することになるため、全員が遅延などなく接続できるか、長時間使用した場合はどうなるかなど考える必要があります。また、それを学校全体で行う場合の通信のパフォーマンスについても考えられていなければ、逆にICTが学習に悪影響を与えるおそれもあります。

また、持ち帰ったタブレット端末を使って復習などを行う場合、Wi-Fi環境がない家庭もあります。こうしたことを想定し、端末単体で通信が担保できるセルラーモデルの導入を進める自治体もあります。

課題解決のための具体策

ここからは、ICT教育の課題解決のための具体的な対策を、上で挙げた6つそれぞれに考えていきます。

ビジョンや目的が明確でないことの解決策:ゴールイメージを描く

当然ながらICT教育の導入は目的ではなく、あくまでも手段です。

「ICT教育によって学校の環境を5年後、10年後どう変えられるか」「ICT教育によって、児童・生徒がどのようなスキルを身に付けて、どう社会に役立てるだろうか?」といったビジョンがあってこそ、具体的に取るべきステップや、段階的なゴールが明らかになります。

まずは各自治体や学校が、このゴールイメージを持つことが大切です。これを考える際には、文部科学省が公表する、学校におけるICT活用の事例が参考になります。

学校におけるICT活用について 文部科学省

 

自治体間の格差、学校格差の解決策:オンラインプラットフォームの活用

自治体間の格差、学校格差の解決策の一つとして、児童・生徒が自ら環境づくりを行うことも一つの解決策です。

例えば、子どもがオンライン学習のプラットフォームを使うことがその一つです。場所にとらわれない学習が可能になると同時に、子ども同士で学習意欲を高めあうことも可能になります。

オンラインコミュニティーを利用して子どもたちが成果を投稿することで、地域に関係なく子ども同士で学習の応援・質問・アドバイスができ、コミュニティーを広げながらICT活用の実践ができます。

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教員の校務が増えることへの対策:アウトソーシング

既存の仕組みにおける教員の労務関連の問題が明るみに出る中、ICT教育の導入段階では校務がさらに増えていくことは避けられません。予算の問題はありますが、外部へのアウトソーシングによって、教員の負担を軽減しながら、専門的知識・経験を学校内に取り入れることが一つの解決策になるでしょう。

中でもICT教育は、外部委託することで単なる人手不足の解消だけでなく、専門性を取り入れやすい分野です。パソコンやタブレットといった機器導入のベンダーだけではなく、ネットワーク保守・運用やツール導入、ITリテラシーの研修なども民間の力が役立ちます。

さらに、書類作成やデータ管理といった校務の業務効率化自体も外部の力を借りることで、教員のさまざまな業務も効率化を見込むことが可能です。

理想的には、教員は児童・生徒と正面から向き合い、学習意欲や可能性を伸ばしてあげることが本来の職務です。授業やその準備以外で発生する業務について、個々の教員の課題とするのではなく、学校として向き合うことで抜本的な改善を図ることができます。

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教員のITリテラシーが低いことへの対策:フォローアップ教育

教員は、OSやネットワークなどの専門的知識に詳しくなる必要はないものの、ICTを活用した子どもたちへの指導方法を身に付けていくこと自体は欠かせなくなってくるでしょう。

また、学校の教員だけでICT教育が進まない場合は、それぞれの状況などに合わせて、ICT活用教育アドバイザーやGIGAスクールサポーター、ICT支援員からの助言を活用あるいは検討するとよいでしょう。

ICT活用教育アドバイザー:国が手配する教育全般のアドバイザー。各教育委員会などに対して派遣あるいはオンライン上から環境整備やICTを活用した指導法などを助言・支援を行う。

GIGAスクールサポーター:各教育委員会が国の補助金などを活用して、募集・配置。学校における環境整備の設計や工事・納品対応、マニュアル作成などのICT導入における初期対応を行う。

ICT支援員:各教育委員会等が地方財政措置を活用して、募集・配置。日常的な教員のICT活用支援を行う。

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子どもたちの安心安全な利用への対策:ネットリテラシー教育

教員だけでなく、子どもが主体でネットリテラシーなどの情報活用能力を高めることも必要です。

ネットリテラシーとはインターネットを適切に使いこなすための能力ですが、何も知識がないと、例えばSNSでの炎上や犯罪などに巻き込まれる可能性もあります。とくに、地域や家庭によっては小学生・中学生のうちからスマートフォンなどの端末を持つケースも増えています。学習デバイス以外でもICT機器を使う可能性があるので、ネットリテラシーは生活をするうえでの必須科目ともいえます。

文部科学省では、1人1台端末の安心・安全な利活用についての情報を公開しています。学校から配布される各端末では、Webサイトやアプリの利用・閲覧制限、検索エンジンのセーフサーチといったコンテンツ保護を行っているため、ハード面において基本的には安心といえます。

ハード面での安全性管理と同じく、子どもたちにもインターネットの利便性と危険性の理解を促し、正しく利用する能力が必要ということをあらかじめ伝えることが大切です。加えて、重要な情報を外部に漏らさないといった、倫理面も含めた教育も必要です。

安定したネットワーク回線を保てるかへの対策:専門業者の協力

学校でのICT活用に欠かせない安定したネットワーク回線の構築は重要です。

とくにネットワークは、ICTの中でも比較的高度な知識が必要になるため、GIGAスクールサポーターなどの支援を受けながら計画を進めるとよいでしょう。

また、文部科学省では、配布端末のOSや校内ネットワーク整備に関するモデル例を「標準仕様書」として公開しています。こうした情報もネットワーク構築の参考になります。この標準仕様書を基に、専門知識に詳しい企業のサポートによって、各校に最適な環境整備をすることが理想的です。

GIGAスクール構想の実現標準仕様書|文部科学省

具体的に検討すべき項目としては、想定されるアクセスに耐えられる通信機器の選定、学校や教室のレイアウトや活用シーンに応じた最適な中継機器の数や配置を考えてもらうことなどです。

また、導入後も専門会社からの定期的な点検などにより、日常的に安定して使えているか、使い方は適切であるか、回線に問題が生じていないかといったことを確認することが大切といえます。

ICT教育によって得られるもの

ここまで見てきたとおり、ICT教育の導入には多くの検討事項や課題があり、最初はどうしても各校への負担が生じてしまいます。

ですが、ICTの教育の実現によって、教員と子どもたちそれぞれにとって得られるものがあるのも事実です。

教員が得られるもの

教員への効果は、次の3点が挙げられるといえます。

・教員間のコミュニケーション向上
・教員作成の説明資料がわかりやすくなる
・きめ細かな指導の実現

教員間のコミュニケーション向上

ICT教育の導入により、教員間のコミュニケーションが活性化しやすい環境が生まれます。どの学校でも初めての取り組みなので、教員たちはICT機器の操作方法や学習の進捗、子どもたちに評判のよいアプリケーション、授業事例などそれぞれの試行錯誤が活発にシェアされやすい状況だといえます。

また、こうしたことで学校全体にもよい効果が生まれるといえます。

教員作成の説明資料がわかりやすくなる

2点目の効果は、教員が作成する説明資料がわかりやすくなることです。ICT機器の操作に慣れることで、授業で用いる資料のクオリティーが上がることも中長期的には期待できます。

これにより教育効果がより高まるということに加え、1人が作った資料を校内のサーバー等に保存し、教員間で共有すれば、学校全体で情報を有効活用できます。

また、評判のよい資料を使い回すことで、準備時間の短縮と授業の質向上の両方を同時に実現することにもつながるでしょう。

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きめ細かな指導の実現

3点目の効果は、教員から個々の児童・生徒への指示がより明確になり、伝わりやすくなることです。

ICTの活用によって、例えば、一人ひとりの能力に沿った課題を実施することができ、教員はそれぞれの達成度や正答率などをつぶさに把握できます。これにより、全体最適ではなく個別最適により近い指導を行うことが期待できます。

子どもたちへの効果

ICT教育による子どもたちへの効果としては次の3点があります。

・ICTスキルの習得
・学習意欲の向上
・目標達成力の向上

ICTスキルの習得

いちばんの効果は、義務教育段階でのICTスキルの習得です。具体的には以下のような知識を得ることができ、興味に応じてさらに発展的な知識などの習得や、ICTのスキルを生かしてさまざまな分野での応用もできるようになるでしょう。

・情報機器操作力
・ツールを使った分析力
・デジタル機器での情報収集・選択力の強化
・プログラミング知識の定着や技能の習熟
・情報技術力(アプリケーション、ネットワークなど)

学習意欲の向上

従来の教育と比較して、ICT教育はより視聴覚に訴える表現や、インタラクションができるインターフェースが特徴です。これにより、学習内容・学習対象に対してより関心を持ち、学習意欲を高められることが期待できます。

例えば、次のような点はICT教育ならではといえます。

・デジタル機器を使って自ら調べることができる
・自分の得意・不得意な単元を把握、復習することが容易
・いろいろな本や文章に触れられる
・視聴覚資料を、大きなスクリーンに投影することで、教科書の挿絵などよりもイメージを膨らませやすい

目標達成力の向上

前述の効果にも関連して、目標達成力の向上も狙うことができます。

ICT機器による学習では、自分の成果がデータとして蓄積されるので、学習進捗がより客観的に把握できます。これによって、苦手な分野を意識的に克服することや、得意な分野でより発展的な学習をすることが可能です。

まとめ

GIGAスクール構想への取り組みによって、ICTを活用した学びが本格的にスタートしました。

現場である学校を起点にしながら、教育委員会、保護者、そして民間の専門家が連携することで、この記事で紹介した課題も解決することができるはずです。そのためにも、まずはそれぞれの地域、学校などにおける課題を把握することから始めてみてください。

(写真:PIXTA)