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私の父は、いわゆる「アルコール依存症」だった。私が物心ついた頃から毎日のように酒を飲み、酔っては奇行を繰り返す。記憶を辿ってみても、父が酒を飲んでいない日を見たことがない。そして数年前、長年の深酒がきっかけとなり父は「アルコール性認知症」を発症した。
幼少期の私は、アルコールに溺れる父の存在を恥じ、自分の気持ちを押し殺して生きてきた。「うちは他の家と違う」「自分が我慢をすればいい」。そんな感覚は、大人になっても消えなかった。
ところが父が認知症を発症し、私のことを忘れていくにつれて、皮肉にも私は少しずつ自由になっていった。なぜ父が私を忘れたことで、私はこんなにも楽になったのか。
幼稚園のとき、酔った父に焼酎をかけられる
厚生労働省はアルコール依存症について、「大量の飲酒を長期間続けることで酒がないといられなくなり、心身や家庭生活などに支障が生じる精神疾患」などと説明している。本人が病気を認めにくく、治療につながりにくいことも特徴のひとつだという。私の父も、まさにそんな状態だった。
私が幼い頃から、家のリビングには近所のスーパーで売っている4リットルの格安焼酎か、ウイスキーのボトルが数本常備されていた。公務員として働いていた父は、夕方帰宅すると、それらをカパカパと口に運ぶ。まるで水を飲むように。時間が経つにつれて部屋には酒のにおいが充満する。私は、そのにおいが嫌で嫌で仕方がなかった。
父は、食事の仕方もお世辞にもきれいとはいえなかった。特に嫌だったのが、口を開けてクチャクチャと音を立てながら食べること。ある日の夕食時、当時幼稚園児だった私は、その音がどうしても気になってしまった。
「お父さん、口を閉じて食べなきゃだめだよ」。子どもなりに、思ったことをそのまま口にした。すると次の瞬間、父はコップに入った焼酎の原液を私の顔にぶっかけた。


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