そして私は、息子を連れて実家を尋ねることを決めた。定年後の父は昼間から酒を飲んでいたが、孫の顔を見るなり、今まで見たことがないほどの笑顔になった。
「この子がいれば、父も何かが変わるかもしれない」。そんな期待を抱いた。しかし、息子と初めて実家に泊まろうとした日の夜、父はまた酒に酔って暴れた。「ああ、父はいつまでも父のままだった」と、ひどく落胆したのを覚えている。
翌朝、父は昨晩のことをきれいに忘れたように「またいつでも帰っておいで」と言った。私は失望感や虚無感を抱えたまま、小さな息子を抱っこ紐に入れて実家を後にした。
80歳近くなった今も酒はやめていない
現在80歳近くになった父は、今も酒を飲んでいるらしい。「らしい」というのは、私はもう長いこと父と会っておらず、人伝てにしか状況を聞いていないからだ。定年後、昼からの飲酒が当たり前になった父は、酒以外のものをほとんど口にしなくなり、栄養失調でたびたび入院した。そして数年前「アルコール性認知症」と診断された。
医者からは「これ以上酒を飲んだら死ぬかもしれない」と釘を刺されたそうだが、それでも断酒できず、家族が酒を隠そうが捨てようが隙を見ては一人で酒を買いに行ったという。もちろん、認知症は進行の一途を辿った。
今では、一緒に暮らしている母のことさえ時折忘れてしまうそうだ。私や息子の名前も、もう父の口から出てこないと聞く。以前は不定期に送られてきた便りも、ぱたりとなくなった。
私は父が認知症になってから、一度も父と会っていない。おそらく、もう3年以上になる。父が私を忘れ、父側からの接触もなくなったことで、私は人生で初めて、父と自分の間に明確な境界線を引くことができた。
「どんな親であっても親孝行しなければならない」「育ててくれた事実に感謝しなければならない」。そんな「~しなければならない」という気持ちが、私の中で少しずつ消えていった。
酒に溺れ、酒に支配され、酒で認知症を発症した父のことを自業自得だとも思う。そしてそんな私の考えを、冷たく感じる人もきっといるだろう。それでも私は、ようやく父の影から解放された今の自分に心地良さを覚えている。父が私との接触を断ったことで、父が私を忘れたことで、「私には父の人生を背負う責任はない」と気づけたのだ。


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