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外では"勤勉な公務員"だったアルコール依存症の父…「リビングで失禁」「深夜に雄叫び」平穏を奪われた家族のリアル

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結婚式の写真。家を出てから唯一父と写っている写真だ
結婚式のとき。家を出て以降、唯一父と写っている写真だ(写真:筆者提供)
  • 杉井 亜希 フリーランスライター/イラストレーター
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その後も、本当に仲の良い友人にのみ父のことを愚痴ることはあったが、家の悩みを周囲に話すことはほとんどなかった。幸い私は学生時代は道を逸れることもなく、人付き合いも比較的うまくやっていたと思う。

それでも、小さい頃からの刷り込みで自分の意見を人に伝えるのは極端に苦手だったし、嫌なことがあってもへらへら笑ってやり過ごすことが多かった。

大学3年生の時、私は自分で調べてアルコール依存症の専門治療を行っているクリニックに父のことを相談をしに行ったことがある。少し大人になった私は、専門医に相談すれば何かが変わるかもしれないと思い立ったのだ。

しかし、そこで言われたのは「本人に治療の意思がないと難しい」「まずは患者同士の自助会に来てみてください」という言葉だった。「それができないから困ってるんだよ……」。心の中でそう思いながら、私はしぶしぶ初診料を払って帰った。

大学を卒業して一般企業に就職すると、私は早々に実家を出て、当時付き合っていた彼氏(現在の夫)と同棲を始めた。物理的な距離を取ったことで、「ようやくあの家から解放された」と思った。

しかし、環境を変えただけでは長年の影響から逃れることはできなかった。夜中に少し大きな物音がすると、父が暴れているのではないかとドキッとする。スマホに実家から着信があると、父が何かしたのではないかと、その日一日が憂鬱になる。

家を出ればすべて解決すると思っていたが、酒臭い父と過ごした20年以上の記憶は、私の心をじわりじわりと蝕み続けた。

息子の誕生を父はとても喜んだ

その後私は結婚し、28歳で第1子となる息子を産んだ。父との関係は相変わらずで、こちらから連絡を取ることも、実家に帰ることもほとんどなかった。ただ、母いわく初孫である息子の誕生を父はとても喜んでいたという。

息子が生まれてから、父は時折私と息子宛てに手紙や贈り物をよこすようになった。本来ならありがたく受け取ればいいはずのその好意が、再び私を悩ませた。

「息子のことをそんなに可愛いと思うなら、たまには実家に行ったほうがいいのでは?」「父に育てられたことは事実なのだから、何かしら恩返しをすべきなのでは?」。自分が親になったからこそ、そんな自問自答を繰り返すようになった。

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