「食事の仕方にまで子どもが口出すんじゃない」。そう呟いた父を慌てて母が注意したが、酔った父は聞く耳を持たない。そして母は、私の顔を乾いたタオルで拭いた後、何事もなかったかのように食事を続けた。他のきょうだいたちも何も言わなかった。幼い私は頭が真っ白になり、ただ黙って涙を流した。
この出来事は「自分が嫌だと思ったことを相手に伝えても意味がない」ということを、私の脳裏に強烈にインプットさせた。人生で初めて口にした酒の味は、ひどく苦くツンとした香りで、その後もしばらく舌をビリビリと痺れさせた。
深夜に突然雄叫び、リビングや階段で失禁
どんなに泥酔しても、父は人に手を上げることはなかったし、我が子に暴言を吐くこともなかった。その代わり、家の物を壊したり、母を罵ったり、酔った状態で理解しがたい行動を取ったりすることは頻繁にあった。
夜中にトイレへ酒を持ち込み、排泄と飲酒を繰り返す。酔って妄想と現実の区別がつかなくなり、深夜に突然雄叫びを上げる。リビングや階段で失禁する。誰かに攻撃されていると思い込み、家をマッチで燃やそうとする。そんなことが、日常の延長線上にあった。
なかでも、今でも鮮明に覚えている出来事がある。私が中学2年生だった頃、深夜に酩酊した父が突然「俺なんかもういらないんだろ!」と叫び始めた。そして部屋にあったコンパスを手に取り、針の部分を自分の手首に突き刺したのだ。
壁には父の手首から出た血が飛び散った。6つ上の兄が慌てて止めに入り、どうにか大事には至らなかったが、私はその光景を見て唖然としていた。「これが自分の父親なのか……」。そう思い、ひどくがっかりした気持ちになった。
気がつくと、私は父のことを「お父さん」と呼ばなくなっていた。というより、呼べなくなっていた。小学校3~4年生くらいから、そもそも父に話しかけること自体ほとんどなかったので、当時どう呼んでいたのかは今となってははっきり覚えていない。話しかけなければならないときは、「ねえ」「あのさあ」などと言っていた気がする。「この人を父親だと思いたくない」という潜在意識がそうさせたのかもしれない。


※ログイン後、コメント入力が可能です。