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戦後、日本の鉄道で進んだのが「交流電化」だ。大都市部などで主流の直流電化と比べて地上設備のコストが抑えられるとして、それまで非電化だった東北や北陸、九州、北海道の各線で採用され、これらの地域では交流電化に対応した電気機関車や電車が走るようになった。
交流区間用の電気機関車は真っ赤な塗装でよく目立ち、貨物列車やブルートレインなどの先頭に立つ姿はひときわ鮮やかだった。
今回は国鉄時代を中心に、全国で活躍した交流電気機関車を取り上げたい。
東北と北陸で始まった交流電化
日本の鉄道の交流電化は、1954年に仙山線で試験がスタートしたのが始まりだ。同線は1957年9月から仙台―作並間で営業運転が始まり、同年10月には北陸本線の田村―敦賀間も交流電化が完成して、日本初の量産型交流機関車ED70形が投入された。
ED70形は同時期に造られた箱型のディーゼル機関車DF50形を思わせる車体デザインで、1957年から1959年にかけて19両が製造され、北陸本線で主に旅客列車を牽引していた。

