2026年9月13日に投開票された沖縄県知事選挙で、新人の古謝(こじゃ)玄太氏(42)が現職の玉城デニー氏(66)を破り、初当選した。この結果を「保守の勝利」「普天間飛行場の辺野古移設容認への民意の転換」と単純化して受け止めるならば、日本の政治エリートは沖縄で進行しているより深刻な変化を見落とすことになる。
筆者が今回の知事選挙で最も重視しているのは、基地問題の帰趨そのものではない。沖縄と日本国家との間の認知ギャップが拡大し、国家統合の基盤が静かに弱体化していることである。
「辺野古移設への賛成票」とは読み替えられない
古謝氏は辺野古移設を容認し、県民所得の引き上げなど経済政策を前面に出した。玉城氏は辺野古移設反対を維持したが、今回の選挙では物価高、所得、子育て、医療、教育など生活に直結する争点がこれまで以上に重みを持った。
だからといって、古謝氏への投票行為を辺野古移設への賛成票と読み替えることはできない。選挙では候補者の人物、経済政策、世代、現職県政への評価、政党への評価など、複数の要素を総合して1人の候補を選ぶからである。
実際に、出口調査によれば辺野古移設に反対する層からも古謝氏に相当数の票が流れている。基地問題への態度と候補者選択が1対1で対応していないことを示している。
ところが東京では、選挙結果が判明するとすぐに「沖縄は基地より経済を選んだ」「辺野古反対の時代は終わった」という物語がつくられ始めた。筆者は、この反応そのものが今回の知事選挙によって生じた日本人の「集団的誤読」と考えている。
沖縄県民はこれまで、知事選挙、国政選挙、19年の県民投票などを通じて、辺野古移設に対する否定的な意思を繰り返し示してきた。それでも政府の基本方針は変わらず、工事は進んだ。
司法的な手段によって方針を変更させる道も極めて狭くなった。沖縄も日本という法治国家の構成員である以上、法の枠を超えた抵抗を行うことはできない。合法的手段を尽くしても政策が変わらない状況で、県民が生活上の課題を優先するようになることは不思議ではない。
この記事は会員限定です
残り 1548文字


