筆者は、この状態を「諦め」と表現することについては慎重だ。むしろ「我慢」と理解したほうが実態に近いと考える。
基地問題への不満、日米地位協定への疑問、在日アメリカ軍専用施設が沖縄に過重に集中していることへの違和感が消えたわけではない。それらを抱えたまま日常生活を続けている。これが「我慢」である。我慢は服従ではない。沈黙も同意したということではない。
官僚や国会議員には、この違いを認識してほしい。政策への反対運動が弱くなれば、行政にとっては仕事が進めやすくなる。選挙でも反対派が敗北すれば、政策の正当性が高まったように見える。
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