現在は山形新幹線が走っている奥羽本線福島―米沢間の板谷峠は、最急勾配38‰の全国屈指の難所として1949年に直流で電化されていた。だが、その後交流電化された東北本線との接続などから1968年9月に福島―山形間が交流電化された。
ここに投入されたのがEF71形である。急勾配の板谷峠での貨物列車牽引などを考慮して交流電気機関車ではEF70形に続く6軸の「F形」として、時には重連で貨物列車の先頭に立ち活躍した。筆者は、寝台特急「あけぼの」が奥羽本線経由だったころ、深夜の福島駅でEF71形が連結され板谷峠に挑む姿を取材している。ただ、「あけぼの」をEF71形が牽引する走行シーンを未撮影だったことは悔いが残る。
同時期にED78形も投入された。この機関車は仙山線にも入線可能な設計で、奥羽本線では主に旅客列車を牽引し、山形新幹線開業前まで50系レッドトレインの普通列車を牽引していた。
北海道を走った赤い電気機関車
北海道も交流によって電化が推進された地域だ。1968年8月の函館本線小樽―滝川間を皮切りに、翌年10月には滝川―旭川間の電化も完成。電気機関車は、北海道用として耐寒耐雪対策を強化したED76形500番台が投入され、貨物列車から旅客列車まで牽引した。
筆者が印象的だったのは赤い50系客車を牽く姿で、機関車も客車も赤で揃った美しいレッドトレイン編成は雪景色に映えた。また、夜行急行「利尻」「大雪」では前面に大きなヘッドマークを取り付けていた姿が記憶に残る。

