INDEX
ヤンゴン国際空港と市内ダウンタウンのほぼ中間。主要道路から約500メートル入った閑静な住宅街の一角に、日本食レストラン「角 ホーン」はあります。
周囲に飲食店はほとんどなく、派手な看板を掲げているわけでもありません。それでも口コミで評判が広がり、「知る人ぞ知る和食店」として、多くの常連客に親しまれています。
この店に深く関わっているのが、大舘堯(おおだて・たけし)さん、78歳です。かつて東京で人気ステーキ店を経営し、歴史小説家として知られる童門冬二氏が毎週のように通ったという名店の店主でもありました。
ミャンマーでは、2021年2月の軍事クーデター以降、多くの日本企業が事業の縮小や撤退を余儀なくされています。在留邦人の減少に伴い、日本食レストランも次々と姿を消しています。政治的不安定さに加え、外貨不足による輸入規制、物流の混乱、急激な物価上昇。日本品質を維持しながら飲食店を続けることは、年々難しくなっています。
そうした中で、「角 ホーン」は従業員を一人も解雇することなく、静かに営業を続けています。
なぜ大舘さんは、ミャンマーへ渡り、今もこの国で暮らし続けているのでしょうか。
軍政下でも従業員を解雇しない「知る人ぞ知る和食店」
東京・新宿の精肉店を営む家庭の男3兄弟の次男として生まれ育った大舘さん。幼い頃から家業を手伝いながら、肉の知識と確かな目利きを身につけ、人とのつながりや商売の基本を学びました。
そして30歳となった1977年に、新宿の三越裏辺りに、わずか10席ほどのステーキ店「角 ホーン」を開業しました。培った牛肉の知識と確かな目利きで選び抜いた肉を提供する店は徐々に評判を呼び、地元の常連客に愛される存在になっていきました。
転機が訪れたのは開業間もない頃でした。
「店を開いて1週間も経たない頃に、童門冬二さんが来てくださったんです」
当時を振り返る大舘さんの表情は柔らかくなります。小さな店の雰囲気も気に入った童門冬二氏は、その後20年近くにわたり週に一度は来店したといいます。さらに週刊誌の連載でもこの店を紹介しました。
「記事が出たときは売り上げが倍になりました」
有名作家による紹介記事の影響力は絶大でした。

