1976年、鉄道発祥の地であるイギリスで、最高時速125マイル(時速約201km)のディーゼル高速列車「HST」が運行を開始した。東海道新幹線が開業してから12年後のことで、フランスのTGVは開業前、世界的に見ても時速200km以上で営業運転する列車はまだ数えるほどしかなかった時代だ。
その最高速度から「インターシティ125」の愛称で呼ばれたHSTは大成功をおさめ、イギリスの都市間特急の顔として君臨し続けた。しかし、後継車両となる日立製の800系列(クラス800)がデビューすると、徐々に活躍の場は減っていった。そして運行開始から50年の今年、最後まで残っていたスコットランドの「スコットレイル」のHSTが2028年までに置き換えられることが発表された。
衰退していたイギリスの鉄道を蘇らせた救世主でもあったHST。イギリスの鉄道史を語る上で決して欠かすことのできないレジェンドの歴史を振り返ってみたい。
高速列車の「本命」は別の車両だった
HSTが登場する前の1970年代、イギリス国鉄は次世代の高速列車プロジェクトとして「アドヴァンスド・パッセンジャー・トレイン(APT)」の開発を進めていた。カーブを高速で走れるよう車体傾斜装置を備えたAPTは、ガスタービンエンジンを採用し、営業最高時速125マイル(約201km)という高性能を誇った。
その後、APTの動力はオイルショックの影響で、燃費の悪いガスタービンエンジンから電気へと舵を切ることになった。だが、肝心の車体傾斜装置を含めて信頼性の低さが問題となり、開発は遅れていった。

