イギリス国鉄がAPTに車体傾斜装置を搭載したのは、日本の新幹線のような高速新線を建設するには資金調達が難しく、在来線を高速で走らせようとしたためだった。しかし、多額の資金を投じても車体傾斜装置の信頼性を向上させることはできず、開発費は膨れ上がった。
そんな中で、国鉄内部ではディーゼルエンジンによる駆動で客車を牽引・推進するシンプルな高速列車を導入するべきという声が日に日に高まっていった。
なぜディーゼル列車に?
すでに日本では東海道新幹線が開業していた時代、電車ではなくディーゼル列車で高速化を図ろうとしたのは、日本の視点からは時代遅れの印象を受けるかもしれない。
だが、当時のイギリスは主要幹線にも多くの非電化区間が残っており、地方都市へも直通運転ができるという面でディーゼル列車を支持する声が多かった。最終的に、APTとは別の新しい高速列車の開発が並行して進められることになった。
HSTは既存の技術によって開発され、1972年に試作車となる41型(Class 41)ディーゼル機関車とマーク3型客車が造られた。これを基に量産車の43型(Class 43)ディーゼル機関車が誕生し、マーク3型客車はそのまま製造されることになった。その結果、HSTはAPTの開発遅れを横目に、1974年に量産が開始された。投入される路線に応じて客車は6~9両の編成で、1982年までの間に合計95本が製造された。

