近年は、モータースポーツに対応した緻密なシミュレーション技術が発達している。それにもかかわらず、富士24時間レースでは予期しないトラブルなどが起こりうる、ということなのだろうか。
この点について高橋氏は「予期していなかったことしか起こらない」とし、「クルマと一緒で、(富士24時間レースは)人間の耐久の場でもある」と24時間戦うことの意義を改めてかみしめているようだった。
では、ニュルブルクリンク24時間も、富士24時間と同様にGRとして「辛さと面白さ」を感じる場なのか。
高橋氏は、ニュルブルクリンクという世界屈指の難コースであることから「クルマにとって過酷(な走行環境)」であることは当然だと前置きし、「日本とのギャップは『現場の空気感』にある」と指摘する。
「現場の空気感」とは何か?
「彼ら(ニュル24時間のファン)にとっては、レースを見に来るというより、家族で楽しみに来ている。家族の時間を過ごす場がサーキットという印象が強い」と高橋氏は言う。
単純にレースの流れを追ったり、マシンについての技術的な面を探ったりという人もいるが、決勝を現地で過ごす30万人を超える人たちの多くは、マシンが走行する音をバックグラウンドミュージックにバーベキューを楽しむなど、家族や友人たちと過ごす場そのものを楽しんでいる。
一方で、日本の場合「サーキット=レースを観る場」という観点が強い。富士24時間レースは、他のレースと比べるとそうした日本での一般的なレースに対する意識が多少弱いものの、「日本ではモータースポーツが文化になっているとは、まだまだ言えない」と指摘する。
富士24時間レースが本質的に、もっとニュルブルクリンク24時間レースに近づくことを、高橋氏は願っているようだ。

