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ライフ #井手隊長のラーメン見聞録

「成功できたのは実力ではなく運」「自分は中卒だからできた」…日高屋を1代で育てた85歳創業者「人を大切にする覚悟」

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ハイデイ日高
自身の成功を「実力ではなく運」と語る株式会社ハイデイ日高の創業者である神田正会長(写真:ハイデイ日高)
  • 井手隊長 ラーメンライター/ミュージシャン
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「母親がいつ寝て、いつ起きていたかわからなかった」

神田会長の記憶に残っているのは、夜明け前から働き続ける母の背中だ。服は繕いながら使い続け、食べるものにも困る生活。それでも家族を育て上げた。

中学生時代には、自身もゴルフ場でキャディーを経験。ここで学んだことが、後の接客業の原点になったという。

「初対面の人と4時間一緒に回ると、その人がどんな人かわかるようになる」

怒る人、気前のいい人、細かい人。相手を瞬時に観察する力は、この時代に養われた。さらに、ロストボールを拾って売る「小商い」も経験。100円で売れればコッペパンが何個も買えた。ここで「商売の楽しさ」を覚えたと振り返る。

中学時代に「商売の楽しさを覚えた」と振り返る神田氏(写真:ハイデイ日高)

その後、さまざまな職を転々とする。喫茶店、本田技研工業の工場勤務、パチンコ店――どれも長続きしなかった。だが、母親からかけられた「自分の好きな仕事をやればいい」という言葉が転機になる。

現場で気づいたビジネスモデルの強さ

結果として辿り着いたのがラーメン業界だった。

もともとラーメンへの強い情熱があったわけではない。知人に「ラーメン屋が人を募集している」と誘われたのがきっかけだった。しかし、現場に入ると、そのビジネスモデルの強さに気づく。

「ラーメン屋はキャッシュフローがいい」

仕入れは後払い、売り上げは現金商売。製造業のように大きな設備投資を抱えなくても回る。この「商売の構造」に魅力を感じたという。さらに、ラーメン屋は努力すれば餃子、チャーハン、ラーメンなどの技術を身につけられる。この参入障壁の低さも、挑戦を後押しした。

やがて独立のチャンスが訪れる。資金はなかったが、周囲の人たちが助けてくれた。金融機関の保証人になってくれた人、店舗を紹介してくれた人、一緒に働いてくれた弟――神田会長は「人に恵まれた」と何度も口にする。

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