工場長は憤りを隠せなかった。無理もない。何か月も2倍近い作業員に給料を支払って、できたギフトセットは2倍には遠く及ばなかったのだから。
「こんなことのために予算をつけたわけじゃない。やめだ!」
どうして、こんな事態になったのか。ことは単純だ。平均に基づいて予算をつけたのだ。工場長の予算では、最初の作業員と、後から来た作業員の生産性はおなじだと想定していた。雇う人数が増えるほど、限界生産性が低下し始めることを考慮していなかったのだ。
これは、教師を大量に採用すると質が落ちるのとおなじ現象だ。
最も生産性が高い労働者は、最初に採用される傾向があり、「スーパースター」人材のプールが尽きても拡大を続けるつもりなら、生産性が劣る人材を採用するしかない。
ウィスコンシン・チーズマンのケースでは、リターンの逓減がさらに酷くなる。ラインは、一番生産性の低い作業員に合わせてしか動かないからだ。要するに、会社は雇うべき最後の労働者の生産性ではなく、平均的な労働者の生産性をもとに予算を組んでいた。
会社は細々と続いたが、2011年には工場を閉鎖してしまった。ウィスコンシン・チーズマンが「限界思考」を採用していたら、こんなことにはならなかったはずだ。
3個目のドーナツは飽きる
ここで、「限界思考」について説明しよう。
財やサービスを、「単位」に分解すると、消費したのが最初の1単位か、最後の1単位か、そのあいだかで、消費者にとって価値が変わってくる。最後の1単位の価値は「限界効用」と呼ばれ、全単位を平均した価値とおなじになることは滅多にない。
消費に関する一般的な法則に、限界効用逓減の法則がある。これは、最後の1単位の効用は、最初の1単位の効用ほど価値がない、という意味である。
卑近な例だが、ドーナツで考えてみよう。ドーナツはわたしの大好物。今日は既に2個食べてしまい、3個目を食べるかどうか考えている。3個目だけのことを考えて決めるとすれば、飽きそうだと気づくだろう。言い換えれば、3個目のドーナツから受け取る満足度──限界効用は急激に低下すると見込まれる。
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